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<22話
一度抱かれてしまえばあとは転がり落ちるだけだった。ギリギリ崖の上で留まっていたのに、一度の本番行為によって貴臣は牛島の身体を求め続けた。それこそ昴との約束を「また今度」と言い続けて避けるほど。
激しい行為の後にベッドの上でへたりこんでいると、不意に貴臣は「あ」と思い出して声を上げた。
「どうしたの?」
いつもどおり貴臣の身体を清め終えてシーツの後始末をしていた牛島の問いに、「ん……と」とはにかみながら貴臣は言う。
「今日、俺が出演してるドラマの最終回で……そろそろ始まるんですよ。家で録画してるけど、リアルタイムで見たいなぁ、なんて」
「なんだ、そんなことか」
牛島は部屋に備え付けのテレビをつけた。そういえばこの間は抱かれている姿を撮影され続けて、このテレビでそれを映し出しながらまた激しく抱かれたのだ(勿論画像は保存することなく消したが)。
そんなことを思い出して赤面した貴臣をよそに、牛島は「へぇ、本当に芸能人なんだね」と感心することしきりな様子だった。普段の自分を知っている相手に仕事中の自分を見られることはなんとなく恥ずかしかった。
「格好いいじゃない」
いやそもそももっと恥ずかしい姿を見られているのだから、脱いでいない仕事中の姿を見られているのはなんでもないことなのだろうが。
ベッドの上でごろごろしながら、貴臣の身体を抱きしめた状態で牛島はかなり真剣な目でテレビを見ていた。決して冷やかし半分ではないことに気が付いて、貴臣はごにょごにょと恥ずかしがることをやめた。
三十分経ったところで貴臣のスマホが震えた。牛島に許可をもらうべく視線をやると、鷹揚に頷いたので、貴臣はそのままトークアプリの新着メッセージを開く。昴からだったので、少しだけ心が痛んだ。
『最終回見てる?』
既読をつけてしまった以上は返信せざるをえないと判断して、「見た」と短く返した。すぐにまたメッセージの着信がある。
『俺まだー つかさ、最近全然会ってなくない?』
「んーあー 忙しくて」
もう! と怒っている様子のリスのイラストスタンプが貼られた。目が大きいのが昴に似ていてほっこりした。貴臣は返信に「てへ」というとぼけた表情のうさぎのスタンプを送った。
『打ち上げは、来るよな?』
咄嗟に貴臣は返事ができなかった。勿論行くつもりだけれど、昴に会うのは少しだけ、怖い。この感情を昴本人に説明することは無論できるはずもない。
そのままやり取りを一方的に切って、貴臣はトークアプリを終了させた。それでもまだ、昴からのメッセージを受信して端末は音を立てる。
「いいの、それ」
黙って貴臣は頷いて、ドラマを見ている牛島の隣にすり寄った。恋人ではなくて奴隷と主人の関係だが、彼は貴臣に甘えられるのが気に入っている様子だった。年上の優しい男の表情と、セクシーで悪い男の表情が絶妙に合わさって、牛島という男をより一層魅力的にしてくれるから、貴臣もまた、セックスの後のベッドでのやりとりが好きだった。
「ドラマの打ち上げの、連絡ですから。あとで返信すればいいんです」
そう言いながらも貴臣は返信をする気はない。牛島に弄ばれるのではなく、自分から求め、男根を挿入されるようになってから昴と会ったのは数えるほどだった。昴の顔を見る度にちくちくと胸が痛む。
自分は彼の嫌いなホモになってしまったのだから、それがばれたらこうやって微笑んでくれることもなくなるだろう。そう考えては心臓がぎゅっと掴まれたような気持ちになった。
撮影が終わって日々会うこともなくなったことで、心穏やかにいられるのだ。トークアプリでのやりとりはするものの、遊びの誘いには適当な用事を口実にして乗らない。昴は不審に思うだろうけれど、そのうち忘れてくれるだろう。
そうすれば自分はまた、ただのファンとして昴の出演した作品を見ることができる。舞台というナマの現場に行くことはできないけれど、映画やドラマで応援をするだけの、ただのファンならば、自分がゲイであろうとなんであろうと構わない。
じっと自分を見つめてくる牛島に「そんなことより、ドラマちゃんと集中して見ましょう。あと少しですし」と言って、貴臣は無理矢理意識をテレビに集中させた。
>24話
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