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<11話
「先週のお話の続きを伺えますか?」
毎週水曜日は、被服室に集合することになっている。瑞樹先輩が個人的な欲求に基づいて大量購入したお菓子をつまみ、ワクワクが止まらない様子の呉井さんのお相手を務めるのだ。
俺が異世界から転移きたと信じている呉井さんを守るため(というよりは、彼女のことを守ろうとしている過激派から我が身を守るため)、俺は既存ゲーム作品のモブだったことにしている。舞台設定は現代。男性アイドル育成乙女ゲームアプリの、背景にいるようなキャラだと説明している。
オリジナル設定だと、いずれ話の辻褄が合わなくなる。ファンタジーだと、現代の科学技術を始めとする知識にいちいち驚いてみせなければならない。もっともこちらは、子供の頃に転移してきたからだということにすれば回避できるが、余計なことはしないにこしたことはないだろう。
ネット発の異世界転生系ラノベでは、生前遊んでいたゲームや読んでいた漫画のモブキャラに転生する、というのはよくあるネタだ。フィクションの世界だと、そこからメインキャラたちの騒動に巻き込まれ、成り上がっていったり、プレイヤーキャラの代わりに攻略対象とくっついたりする。
俺はモブのまま生きていくのは確定しているけれど。
「どこまで話したっけ?」
瑞樹先輩は、キャラメル味のコーンスナックは好きだが、一緒に入っている薄皮付きのピーナッツを好きではないらしい。俺は特にこだわりがないので、手を突っ込んで、残っているピーナッツを漁る。スナック菓子の粉が手について、眉を顰める。
「一番人気の桃次郎くんと同じ髪の色だからって、クラスの女子から紛らわしいとかおこがましいとか、とにかく八つ当たりされた話まで聞きました」
部活動の一環としてアイドルをしている少年たちを精神的にも物質的にも支え、育てていくのがコンセプトの学園乙女ゲームである。ヒロインは生徒と教師のどちらかから選べるのが、幅広い年齢の女性を虜にした。俺はゲームはやったことはないが、この作品はアニメ化もされていて、こちらを見ていた。
「ヒロインや攻略キャラたちとのエピソードは、ないのですか?」
一週間、考え抜いてきたエピソードを話そうとしたところで、呉井さんが腰を折った。俺は、「あ~……」と唸り声を上げる。
「……ないんだよね。ごめん。俺なんて、所詮モブだったからさあ」
俺の作り話は、すべて名もなきモブ同士の、ありえたかもしれない学校生活だった。ヒロインと絡んだことにすると、恋愛絡みの面倒くさい話に発展しそうな気配がする。俺の予感が勘違いじゃないことは、呉井さんの残念そうな表情が、すべて物語っている。
>13話
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