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<26話
『異世界転生したヒロインって、なんでか知らないけど植物の知識豊富な設定多いよね』
と。
転生チートには二種類ある。異世界転生を司るその手の神様が、ギフトとして与えてくれる能力と、元々の世界の仕事や趣味で身に着けた知識や技術だ。サバイバル知識が豊富なキャラもいれば、現場の知識を生かして、異世界の建築をすっかりパラダイムシフトしてしまうキャラもいる。
俺はあんまり、女性主人公の話は読まない。どうしても騎士とか王子様とかイケメンとの恋愛要素が入ってきて、「結局顔かよ」と僻み根性丸出しになってしまうからな。その点、ハーレムはいい。どんなに平凡な顔の主人公でも、可愛い女の子にちやほやされるんだからな……。
閑話休題。とにかく、柏木がそう話を振ったんだ。そして、俺はあんま深く考えなかった。
『異世界じゃ食べられてなかったマツタケ見つけて、商売始めて成功したりとか、そういうのな』
ああ、乗った。俺は柏木の話題に乗ってしまった。
「異世界転生をした先でも、美味しいキノコを見つけますわ!」
呉井さんのスイッチを押してしまった。クレイジー・マッドらしく、大きな目はギラギラと輝いている。俺は自分のためにも、呉井さんの狂った知識欲を少しでも抑えなければならない。
俺は彼女の手からキノコ図鑑を拝借して、ペラペラと捲る。
「でもさ、呉井さん。キノコの旬って、秋だよ」
今は五月。春というには遅く、夏というには早い。この時期のキノコって、どういう状態なんだろうな。土の中にいるのかね。
口を「あ」の形のままにして固まった彼女に、追いうちをかける。
「山菜のシーズンには遅いし」
「うっ」
あれは春の早いうちだ。春山に入って遭難したり、冬眠から目覚めたクマに出会ってしまう不幸な事故は、たいてい三月頃にニュースになる気がする。せいぜいがタケノコくらいだろうが、残念ながらこの山の植生に、竹はない。
「だから、本は閉まって登ろう。転んだら危ない」
「むうう……」
俺は図鑑を、彼女のザックに戻そうとして、やめた。ザックの中から図鑑の類をすべて出して、代わりに仙川から預かった荷物のうち、彼女が持っていた方がいいだろうグッズを詰める。着替えだとか、タオルの類だ。図鑑はスポーツバッグの中にしまう。
「気になる物を見つけたときに、立ち止まってから、改めて図鑑で調べればいいじゃないか」
ザックをいちいち下ろして出すのも面倒だろう。呉井さんの引き起こすアレコレに、心の準備もなしに巻き込まれるのは困るが、このくらいの譲歩はする。というか、彼女はこれで意外と頑固なので、植物の観察はやめないだろう。
「あと、採集は禁止だからね?」
「そのくらいは、わきまえていますわ」
そうは言うものの、彼女の白い頬にはほんのりと朱が混じっている。ああ、おそらくこれは、瑞樹先輩か仙川あたりに事前に注意されて、初めてルールを知ったってオチだろうな。深く突っ込んだらかわいそうだから、しないけれど。
「じゃあ、足元には気をつけてね」
そう言って一歩踏み出した瞬間、大きな石を踏んでしまい、俺はふらついた。
「……」
背後にいた呉井さんを見る俺の目は、たぶん雨でずぶ濡れの野良犬と同じだったと思う。
「……その言葉、そっくりそのまま返しますわね」
俺に対しては基本的に優しい呉井さんが、呆れた声で言った。
>28話
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