<<はじめから読む!
<63話
「どないしたん? 柏木ちゃん。まだまだ宿題、残っとるやん」
関西弁って瑞樹先輩こそ、どないしたん?
先輩は、柏木の集中力が欠けてきたと思ったら、こうやって関西弁で声をかける。
「きゃあ! 金ちゃん! あたし頑張るから!」
彼はこの短時間で、自分がコスプレしているキャラクター・金三郎の口調をチェックして真似をすることができるようになった。先程からスマートフォンを操っているのは、ダウンロードした『スターライド学園』をプレイしているからだ。イヤフォンを使って声もちゃんと聞いているので、ひょっとしたらこの合宿中に、声真似までするようになるかもしれない。そんなとこまでやりきるタイプなの?
……とまぁ、柏木対策は完璧。山本は放っておいても黙々とやるし、実際、柏木の発言はまるっと無視している。そして第二の問題児たる俺には……。
「お坊ちゃま。お茶が入りました」
そっと手元に置かれたのは、紅茶だ。家で使っている、端が欠けたマグカップとは違う。真っ白なティーカップで、ちゃんと皿までついている。ティースプーンとスティックシュガーが添えられている。
「あの……その、お坊ちゃまはやめてくんない……?」
ド庶民の俺が、生粋のお嬢様である呉井さんにそうやって呼ばれるのは、決まりが悪いというか、むずむずするというか、尻がかゆいというか。
格好だけではなく、心からメイドになり切っている呉井さんは、「お坊ちゃまはお坊ちゃまですから」と、取り合ってくれない。
「それよりも、わからないことがありましたら、何なりとわたくしめにお申しつけくださいね」
「ふぁい……」
家庭教師もメイドも、どちらも人気属性だ。しかも今の彼女は、柏木の趣味で眼鏡まで追加されている。いくつ萌え属性を搭載すれば気が済むんだ、この美少女は!
「お嬢様。お茶は私が……」
紫のゴージャスなドレスに黒髪ロングのウィッグで、仙川は居心地悪そうだった。ソファに座っていて、立ち上がりかけた彼女を呉井さんは制する。
「奥様は座っていてくださいませ」
「お、おくさま……」
仙川、絶句&停止。俺や山本がお坊ちゃまで、柏木がお嬢様なので、順当な配役だ。
笑っちゃいけない。笑っちゃいけないんだが、肩が震える。シャープペンシルが折れそうなほど、力が入る。俺だけじゃなくて、山本の猫耳も不自然なほど揺れている。
目の前で繰り広げられる主従逆転シチュに興奮しているのは柏木だけだ。手元に置いてあったスマートフォンを取り、写真を撮る。しかも連写モードかよ。無駄に。
「柏木ちゃーん。ペン、止まっとるで。なんや、はよ終わらして俺と遊ぶんとちゃうん?」
すかさず瑞樹先輩は彼女のスマホを取り上げて、きざっぽく微笑む。彼女のスマホは唇の横、スレスレのところだ。きゃー、と声を上げて失神しかけた柏木だが、早く終わらせて先輩と写真をいっぱい撮影するのだと意気込み、ものすごいスピードで問題を解いていくのだった。
>65話
コメント