迷子のウサギ?(49)

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48話

 目の前で目まぐるしく動く光景に、湊は目を回した。何人もの警察官がやってきて、目の前の男を拘束する。男は抵抗しなかった。警察が彼の白衣のポケットから拳銃を取り出すと、彼らはざわめいた。

 銃刀法違反の現行犯だ、と言って医者に手錠をかけたのは、藤堂だった。藤堂刑事……と呆然として湊が名前を呼ぶと、くるりと一瞥して、ゆっくりと彼は頷いてみせた。なんという、安心感だろう。

「立てますか?」

 湊に手を差し出したのは、まだ年若い警察官だった。大丈夫、とその手を断って自力で立ち上がると、恐怖のために血の気が引いていたせいか、ふらついた。結局青年刑事の手を煩わせてしまった、と湊は殊勝な表情で目礼した。

 扉の外ではなぜ警察が来たのかわからない、と安藤が呆然とした状態で捕えられていた。

「タレコミがあったんだよ」

「そんな、誰も知るはずがない……」

 そこに藤堂に連れられた医者が、姿を現す。無表情だった彼が、不意に微笑んだ。

「安藤。僕だ」

 話の脈絡がわからない、とばかりに反応が遅れた安藤だったが、警察に密告したのが医者だということに気がついて、憤怒の表情を浮かべた。白鳥、と低い唸り声によって、医者の名前を湊は知った。

「お前、なぜ……!」

 年の頃は同じである二人は、おそらく古くからの知り合いなのだろう。いいや、あるいはそれ以上。そうでなければ、白鳥は安藤に荷担する理由など、ない。

「……もうこれ以上、お前に罪を重ねてほしくなかったから」

 白鳥は笑った。安藤は目を見開いて、白鳥を見つめていた。今まで信じてきたものが裏切られた、そんな顔だった。

「お前をそこまで増長させたのは、この僕だ。僕がお前の望みを全て叶えてきたから、お前は彼をこんな風にしてまで、自分の手元に置いておこうとして、こんな犯罪を」

 だから僕には責任がある。お前を止める。そう言った白鳥は、おそらく最初のときも警察に通報したのだろう。

 安藤と白鳥はパトカーに乗せられ、連行された。あんなに大きく力強そうだった安藤が、小さく見えた。ぼんやりと遠ざかって小さくなっていくパトカーを眺めていると、「ウサオ……!」と、ずっと聞きたかった人の声がして、ウサギの耳がぴくりと動いた。

「俊っ!」

 湊の元気な姿を見て、俊はほっとしたのだろう、泣きそうな顔に見えた。大丈夫、俺は元気だよ、と言う代わりに、湊は小走りに寄っていって、開かれた俊の腕の中に、思い切り飛び込んだ。

「ちょ、あ、ウサオっ! あ~!」

 当然体重は湊の方が重い。ひ弱な俊では湊の体重すべてを支えきることができずに、尻もちをついた。

「もう、ウサオ……馬鹿」

 何を言われても気にならなかった。ただ、俊と再び無事に会えた喜びで胸がいっぱいだった。俊の顔を見ることはできない。けれどその理由は、コートの肩が濡れていることで、俊はすべて察してくれているだろう。

「……馬鹿は、俺だな」

 ごめんな、と俊は小さく謝る。いいんだ、何にも悪いことをしていないから、と湊は言いたくても、すべて嗚咽になってしまって言えない。

「実家で考えたんだ……シロのこと、お前のこと、これからのこと」

「しゅ、ん」

 優しく俊は湊を引き離して、真っ赤になった目からぽろぽろと零れ落ちる涙を微笑みながら、優しく指で拭った。涙は熱く頬を流れていく。俊の指先は、冷たい。

「ウサギのヒューマン・アニマルが発情したら手がつけられなくなるのは、仕方ない」

 びく、と湊の肩が震えた。ごめんなさい、と小さく動いた唇に、「黙って」とばかりに俊の人差し指が押し当てられる。

「でも、そんなことがあっても、俺はお前と一緒に暮らした日々の方が大切なんだって気がついた。その、身体の関係を結んだことに対して後悔はあるけれど、逃げたくないんだ」

 だから、と俊は言う。

「ウサオさえよければ……記憶が戻ってからも、俺と一緒に、住まないか? 勿論、家族の元がいいって言うなら、止めないけれど……」

 湊は首を横に振った。泣き笑いの状態で、俊に再び抱きつく。

「だめ、なんて言うわけない、だろ……! 俺、俺だって、俊と一緒が、いい……!」

 好きだ、という言葉は結局飲み込んでしまった。俊の共に過ごしたい、という願いは「友情」を発端にしているに違いないからだ。ここで「好きだ」と恋愛感情込みの気持ちを告白してしまったら、前言撤回されてしまう。それを湊は恐れたのだ。

 恋心にはぴったりと蓋をして、それでもいいじゃないか。二人で今までどおりに暮らせるのならば……

「帰ろう、俊……俺たちの、家に……」

 涙を拭って、笑みを浮かべて湊は言った。これからまた、別の意味で苦しい想いをすることになるだろう。また、いつ発情するのか、その周期もわからないことに多雨する不安もある。

 けれどそれを補っても余りある、幸せな暮らしだ。喋らなくてもどこか通じ合っている、そんな感覚の中で毎日を過ごすこと。それ以上の幸せなど、湊には考えられなかった。

50話

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