<<はじめから読む!
<6話
「サボテンもダメ、だと……?」
つい二週間前に渡した鉢植えのサボテンが、死体の仲間入りをしていた。
繁殖力抜群で、俗に「悪魔」とすら呼ばれるミントをダメにしたとき、「もうそろそろ、舞台本番で……」と、言い訳をされたので、最終手段のサボテンを押しつけたのだった。
多忙で毎日の水やりを忘れても、砂漠に育ち、自らの体内に水分を留めておける強い子だ。だから大丈夫だと思っていたが、残念ながら香貴の才能のなさは、本物であった。
「僕、何かしたかな……」
香貴は首を傾げている。かわいらしく見えないこともないのだが、これを無意識でやっていると思うと嫌気が差す。
『これも何かの縁だと思って』
彼が懇願したのは、植物の育て方を教えてほしい、ということだった。
園芸番組のナビゲーターがこれじゃあ、恥ずかしい。
頭を下げられて、迷ったのは、たった数十秒。請け負ったのは親切心じゃない。打算だ。
店を継いでから二年。新規顧客の開拓は、涼の想像以上に難しく、まったく捗っていなかった。現状、父の人脈に頼った商売ばかりである。
父の急逝によって退社が早まったため、さしたる人脈を作ることができなかった。
本当なら今頃は、会社で作り上げた独自のコネを武器に、店長見習いとして働き始めたところのはずだったのだ。
錦織香貴は、父とは無縁の、まったく新しい繋がりだ。ここで恩を売っておいて、芸能界という巨大な金脈へのアクセスを図るべきではないか。
涼は迷わず頷いた。無邪気に喜ぶ香貴を見て、罪悪感の棘がちくりと疼く。世の中はギブアンドテイクだと言い聞かせてやり過ごす。
『ご友人の舞台に花を贈るときは、うちの店を使ってくれ』
というお願いは、彼が実際に花を咲かせるまでお預けだ。
基本的な知識は、番組を進行するうえで入っているはず。実際の作業を教えるだけなのだから、すぐだろう。種から育てるのは時間がかかる。達成感を味わわせるために、花の苗を買ってきて、鉢に植え替えよう。折しも、春の花の季節だ。
……なんて、余裕ぶっていられたのは最初だけだった。
「本当に、俺の言うとおりにしたか?」
原因究明のために土に触れた涼は、香貴がすらっとぼけていると確信した。さすがは俳優様。演技はお得意なようだが、残念ながら土は嘘をつかない。
目をつり上げて怖い顔をしてみせる。金髪によって強調された目つきの鋭さに、香貴は途端にしどろもどろになって視線を泳がせた。
「こんなにザブザブ水やったら、サボテンじゃなくても溺れ死ぬわ」
植物によって、それぞれ適切な水のやり方というのが決まっている。春と秋は午前中に水をやれと言ったが、「毎日」とは言っていない。土が完全に乾燥していたら、という条件を、何度も言い聞かせたのに。
ばつの悪い顔をして、反省の素振りを見せる香貴に、溜息を禁じ得ない。涼は車のキーをポケットから取り出して、指に引っかけくるくる回した。
「えっ、あ、もう帰る?」
涼の呆れ顔に、見捨てられるのかと思った香貴は、慌てて進路に立ちはだかった。今日はゾンビではなく、役者仕様なのか、長い前髪はしっかりとセットされている。そこから覗く形のよい額に向かって、デコピンする。
「ばーか。これから店行って、次のやつ見繕うぞ」
最初は打算だけで引き受けた依頼だった。丁寧にメモを取る姿、植物がダメになる度に、心を痛めている表情を見ていたら、なんとしてでも満開の花を見せてやりたくなった。
『涼さん、咲いたよ!』
花に負けない笑顔を見たくなった。
花屋の使命感というよりも、兄貴分として一肌脱いでやろう、という気持ちだ。
「おら、早く行くぞ」
そういえば子供の頃、弟が欲しくて両親に駄々をこねたことがあったっけ。
「あ、ちょっと待って!」
涼は香貴の尻を軽く蹴飛ばした。
>8話
コメント