理(4)

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この章のはじめから

3話

 久々に帰省した文也に対して、母親はそっけなかった。

「何しに帰ってきたのよ」

 睨みつけられ、冷たい声を浴びせられても、文也は動じずに、彼女の向かい側に正座をして、きちんと話をする体勢を整えた。

「何しにって、理から聞いたよ。あんまり体調がよくないんだって?」

 すると母親は、複雑な表情を浮かべた。文也に心配されるのは癪だが、そのきっかけが理であることには、喜びを覚えたのだろう。二人のことを、少し離れたところから見守っていた理には、母の考えることが、手に取るようにわかった。

 理が物心ついたときには、すでに母は、兄のことを疎ましく感じていた。理の誕生日には、わざわざ仕事を休み、ごちそうを作るのに、文也のときはプレゼントも、ケーキすらも用意しない。

 文也が大人になってからの話ではない。まだ彼が、小中学生の時期から、母親は文也には何もしなかった。

 その分、父が文也を可愛がっていた。そのことで、ますます母は、文也に当たり散らし、理を溺愛した。

 文也が実子ではないというのなら、疎ましく思う理由もわかる。しかし、理にとっては残念なことに、兄と理は、同じ両親の血を引いて生まれた子供だった。

「別に、あんたの世話になるようなことじゃないよ」

「でも、母さん仕事辞めてから、ほとんど外に出なくなっただろ? 運動不足もあるんじゃないかな」

 バン、と母がテーブルを叩いた。理は肩を跳ね上げたが、文也は慣れているのか、予測済みであったのか、冷静だった。

「母さん」

「うるさい!」

 でっぷりと肥えた身体を、よっこらしょ、と持ち上げて、どすどすと足音を立て、母は別の部屋に行ってしまった。

 文也は小さく溜息をついて、理に視線を向けた。やれやれ、という感情がありありと浮かんでいたので、理もまた、同じように苦笑した。

「相変わらずだなあ」

 すべてを諦めている口調だった。もう二十年近くも、文也は母から嫌われている。憎まれているといっても過言ではない。

 兄は、父にとてもよく似ていた。顔も背格好も、声も、そして、表面上は性格も。

 だからこそ、母は兄を毛嫌いした。

 理は両親が、仲良くしている姿を一度も見たことがない。子供の作り方を知ってからは、あの不仲な両親が、どうして自分を産もうと思ったのか、と理解に苦しんだ。

 年が近いのならばわかるが、文也は相当長い期間を、一人っ子として過ごしている。二人目が欲しくて頑張って、どうしてもできなくて、ようやく授かったのが理だというのならばわかるが、そうではないのだ。

 成長するにつれて、父の浮気癖のせいで、母が苦しんでいたのを知った。理の存在はきっと、離れていく父の心をどうにかして繋ぎ止めようとする、苦肉の策によって生み出されたものに違いない。

 自分が冷たくされていること以上に、文也は両親の不仲を気にしていた。善良な彼は、自分が母のサンドバッグになればいいのだと、じっとこらえていた。

 理は、そんな兄を、母の腕に抱え込まれたまま、見続けていた。健気に耐え続ける兄は、誰よりも尊く、素晴らしく見えた。

「理にも、苦労をかけるね」

 文也は、自分よりも背が高い弟の頭を撫でた。小さい頃とまったく変わらずに、兄は理を可愛がる。その優しさが、理の想いを募らせる。

 愛する兄に辛くあたる母のことを憎いと思う。だが、それ以上に、理にとっては父親が邪魔だった。

 母が邪険にする度に、父が兄を可愛がる。優しい言葉をかけ、土産を買って帰ってくる。

 兄のことを愛しているのは、自分だけでいい。父も、他の誰も、文也を愛する人間は、いなくていい。

 ――相手のことを想って、引くときは引くのが愛っていうんなら、あたしはイヤ。あたしの好きなようにして、何が悪いのよ。

 自分の好きにしていいのだ。そう教えてくれた人もまた、文也に好意を寄せていた。

 だから理は、彼女の言葉に従って、自分の好きにしたのだった。

5話

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