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<10話
薫が不細工なぬいぐるみを手に入れたのは、遼佑とのデートを続けていた、四月のことだった。
デート費用は静持ちとはいえ、彼女もまだ学生の身だ。あまり世話にはなりたくない。ただでさえ、遼佑の身辺調査で、大金をはたいている。
金を使わせようとする遼佑と、なるべく金のかからないデートをしようとする薫の間では、静かな攻防戦が毎回繰り広げられていた。
遼佑は表参道など、洒落たブランドショップの並んでいる界隈に行きたがったが、薫はもっとチープに、渋谷・原宿といった、若者が遊ぶ界隈を指定した。
大抵の場合、薫が勝利した。庶民の暮らしに興味と憧れを抱いているのだ、と目を輝かせてみせれば、遼佑は折れた。
薫が「行ってみたいです」と言った、カラオケやファストフード店などでは、遼佑も渋々ながら財布を出す。
そんな場所ですら、「財布を忘れた」「金が足りない」と言って女に奢ってもらうのは、さすがに男のプライドが許さないのだろう。
その日も渋谷のカラオケボックスで、遼佑の微妙な歌声を堪能した。音程は合っているのだが、抑揚がない。本人はノリノリだが、薫は苦笑しつつタンバリンを叩くのみである。
エレベーターに乗って一階に降りると、ゲームセンターになっている。そういえば最近、立ち寄っていないなぁ、と思いながら眺めていた。
さすがにお嬢様が、野蛮な格闘ゲームに興味を示すわけにもいかず、薫はカラフルなクレーンゲームを見た。
ぬいぐるみ系はあっても仕方がないから、もっぱら普段挑戦するのは、巨大な駄菓子の景品のものだ。コンビニでは売っていないから、見ているだけでも楽しい。
そんなことを考えながら眺めていただけだったのだが、遼佑が動いた。
「欲しい? 取ってあげるよ!」
薫が返事をしていないのに、勝手に彼はぬいぐるみのクレーンゲームに百円玉を投入し始めた。いまだに何もわかっていないのか、と薫は嘆息する。
すべての女がぬいぐるみが好きなわけではない。また、クレーンゲームは自分でチャレンジしてこそだ、という女もいる。そういうことを、遼佑は想像できない。
「あれ? ……あれっ?」
しかも自信満々でコインを入れたのに、下手だ。更に彼はコインを追加したが、吸い込まれるだけに終わった。ムキになる遼佑を、とうとう薫は見かねて、「貸して」と前に出た。
「え、静ちゃ……」
「遼佑さんよりも、私の方が上手ですよ。きっと」
遼佑のプレイを見て、アームの強さはだいたいわかった。この強度では、遼佑がやろうとしたように、ぬいぐるみを持ち上げて落とすのは至難の業だ。なので、アームでぬいぐるみを転がして、穴に落とすしかない。
ラストのワンプレイで、薫はようやくぬいぐるみを入手することに成功した。
「やった!」
あがったテンションもそのままに、薫は遼佑とハイタッチをした。やってしまってから、はしたなかったかもしれない、と汗をかいたが、遼佑は気にした風もなく、
「すげぇ!」
を連発した。
「どうやって取るの? 教えてよ!」
と、屈託なく笑う。面白くなって、薫は二人で、今度は巨大駄菓子のクレーンに挑戦した。
>12話
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