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<11話
別に欲しかったわけではないが、苦労をしてゲットしたぬいぐるみには、愛着が湧く。
目に痛いショッキングピンクの毛玉を、ぎゅっと抱き締めての帰り道、薫は立ち止まった。夕日の中で、先に歩いていた遼佑が振り返る。
「遼佑さん。今日は、とても楽しかったです」
「今日は、ってことはいつもは楽しくないみたいな言い方だね」
おどけた言い方の遼佑に対して、薫は「ええ」と曖昧に頷いた。
楽しかったのは、いつもと違って少しだけ、薫が自分自身を出すことができたからだ。カラオケに行っても、薫は聞いているだけで歌うことはない。「静」として歌ってもいい曲のジャンルなど、薫には思い浮かばない。
友達と行くカラオケであれば、流行りの歌を振り付きで楽しむのに、遼佑といるときは、我慢し続けている。
真剣にクレーンゲームをしていたのは、静ではない。薫だった。
「私は……遼佑さんの思う、椿山静じゃ、ないかもしれません」
ほんの少しだけ、勇気を出してみた。これからも遼佑とのデートが、楽しくなるように。
「静?」
「本当の私はもっともっと、我儘なんです。おしとやかじゃないかもしれません。でも、それが私なんです」
受け入れてくれますか、と薫は尋ねた。いつもどおり、「勿論だよ!」と、遼佑は軽く請け負うのだろうと、思っていた。彼はいつだって、考えなしだ。
けれど、遼佑は一拍、押し黙った。口を何度か開けたり閉めたりして、それからただ無言で、首を縦に振った。
彼は、「静」ではなくて「薫」を選んでくれた。テンプレートに嵌め込まれた令嬢を、少しだけ打ち破ろうとする薫を、認めてくれた。
それが嬉しくて、薫は遼佑の手を握った。初めてのことだったから、遼佑は一度ひっこめたが、やがて自然と、恋人同士の繋ぎ方になった。掌が汗ばんでいて、薫は「可愛い」と微笑んだ。
それからのデートは、二人でいろいろなことをした。そのうち割り勘が当たり前になっていった。高い店に、行かなくなった。遼佑は必ず薫に、「どこに行きたい?」と尋ねたし、薫も「どこでも」とは決して言わずに、はっきりと意思表示した。
サイクリングだけでなく、釣り堀で糸を垂れてみたり、山に登ったり、サッカー観戦やバッティングセンターにも行った。
それらはすべて、二人で相談して決めたものだ。時には、軽い口論になることすらあった。他愛もない話をするのが、楽しかった。
いつしか薫は、遼佑とのデートを、指折り数え、待つようになっていったのだった。
>13話
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