<<はじめから読む!
<9話
慎太郎が半吸血鬼で、血液を必要としているとわかった日から、待ち合わせの場所は、駅前ではなくて、慎太郎の部屋になった。
遊びに行くのも週に一回程度だし、外で貧血で倒れられても困る。
定期的に血を飲んでいれば、一回の吸血量は少なくて済む。初回に冬夜が血を吸われて倒れたのは、貧血だった慎太郎によって、一気に吸われたせいだった。
冬夜は慎太郎の家に行き、ベッドに座る。左手を差し出すと、慎太郎はまるで、異国の王子が姫君にそうするように、恭しく受け取る。
気分によって、慎太郎が噛みつく指は変わった。ほとんどは真ん中の三指の内のどれかである。
冬夜はなるべく、自分の手を見ないようにしていた。顔を逸らして、ぎゅっと目を瞑ることが多い。
注射嫌いの子供じゃないんだから、と慎太郎は苦笑していたが、理由を明かすことはできない。
自分の指先が、慎太郎の口内に含まれ、小さく牙を立てられる様子を見ると、背筋を得体のしれない何かが走りあがってきて、震えてしまう。そんなこと、とてもじゃないが言えなかった。
首筋でも指先でも、結局は洒落にならないことがわかったわけだが、一度自分から提案したことだ。冬夜は自分の役割を果たそうとしていた。
小さな傷跡は、慎太郎の唾液に含まれる特殊な成分で、すぐに塞がってしまう。今日一日は、小さな赤い跡として残っているだろうが、寝て起きたら、消えている。
冬夜はゆっくりと目を開けた。
「大丈夫?」
最初に倒れてしまったものだから、慎太郎は過保護にも、毎回冬夜を気遣う。平気だと答えて、冬夜は立ち上がった。
「じゃあ、行こうか」
破顔した慎太郎は、花火大会のリベンジに燃えていた。
海沿いの会場までは、電車で一時間弱かかった。到着して、一息つく間もなく、花火は打ちあがる。
空を見上げて顔を輝かせる慎太郎を見て、冬夜は満足した。あの日、倒れて花火に行けなかったことを慎太郎はずいぶんと、苦にしていた。
花火は二部制になっており、間に十五分間の休憩を挟んでいた。隣の慎太郎の腹の虫がはっきりと聞こえ、噴き出した。先ほど冬夜の血を飲んだばかりだが、それとこれとは別らしい。手分けして屋台へと、食料確保に向かう。
イカ焼きと焼きそばを手に、集合場所へ戻ってみると、慎太郎は子供がつけるキャラクターお面と、綿あめを持って笑っていたので、呆れた。
「子供か」
年上のはずなのに、無邪気な顔で、お面を頭につけている。
子供みたいなものか。半吸血鬼という特殊な事情で、こういう場所にはきっと、子供の頃には来たことがなかったに違いない。なら、はしゃいでしまうのも、仕方がないか。
そう考えて、ふと冬夜は気がついた。
大きな口を開けて、イカ焼きを頬張っている慎太郎を見やる。
自分は、この男が何歳なのか、実は聞いたことがない。そもそも半吸血鬼、長寿で老化が遅いとのことだが、果たして何歳まで生きるものなのだろうか。
あの日はそれどころではなく、言われるがままで、疑問も浮かばなかったが、今更冬夜の中の好奇心が、頭をもたげた。
「なぁ、慎太郎」
浮かんだ疑問を口にしようとしたその時、ドーン、と破裂音が響いた。二部が始まり、一際大きな花が夜空を彩った。
そして、それと同時に、「おかあさーん、どこー!」という泣き声が聞こえてきた。
>11話
コメント