断頭台の友よ(40)

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39話

「先生?」

 少なくはないはずの思い出と、妄想の母とでないまぜになった思考は、マノンの声で現実に戻る。すいません、と謝りながら、クレマンは薬の調合を始める。

「最近はいかがですか?」

「そうですわね……だいぶよくはなったけれど、やっぱり胸がドキドキして眠れないことも多いです。あの、ラックベリーの種でしたかしら? あれをもう少し入れていただくことはできませんの?」

 クレマンは乳鉢から顔を上げた。マノンの目は正気だった。死の間際の母の目とは違う。失われたものばかりを求めるのではなく、前を向いて生きようとする強さが秘められている。

「いいえ。あれは、このさじ一杯が限度です。それ以上は毒となり、即効性はありませんが、緩やかに死に至ります」

「一度に大量摂取したら、すぐに死んでしまうのかしら?」

 狂気を孕まぬマノンは、純粋な好奇心で聞いているに違いない。だからクレマンは、「それはさすがに、即死に近いかと」と、軽く応じた。

「そう……」

 出来上がった薬を丁寧にハンカチでくるみ、マノンはテーブルの上にあったベルを鳴らした。すぐにやって来たのは、カルノー邸のメイドたちで、さっと茶を淹れ直し、美味しそうな菓子を配膳する。その手際に圧倒されていたが、彼女たちは支度を終えると、音もなく速やかに退出した。再びマノンと二人きりである。

 聞き込みの対象である彼女と二人きりになる機会は、オズヴァルトよりも、医者として呼ばれているクレマンの方が多い。ただ、自然に会話を誘導する技術が皆無のため、真正面から問いただすほかない。何度も切り出そうとはしていたが、うまくいっていない。

 マノンは一口茶を飲むと、クレマンに微笑みかけた。唇は赤く、先程まで母を感じていたのが信じられないほど艶然としている。今度は魔女のようだ。二百年ほど前の先祖は、魔女の処刑に携わっていたというが、彼女のような女ばかりであったのだろうか。女の処刑は、男のそれよりも嫌な後味が尾を引くので、クレマンは好かない。

「先生。私に、何かお聞きになりたいのじゃあ、なくって?」

「えっ」

 行儀悪く、手で小さな焼き菓子を抓んで食べる仕草さえ、マノンは優雅である。悪戯っぽく笑い、「本当はあなたが、お医者様だけじゃないってこと、オズから聞いて知っておりますの」と暴露した。

「あなたが、高等法院配下の捜査官で、例の事件を捜査していること」

 心臓が跳ねる。オズヴァルトも人の悪い。言ってくれれば、もっと話が早く進んだだろうに。本当の目的を名乗らず、治療と称して話を聞き出そうとしていた自分が馬鹿みたいだし、隠していたことに罪悪感もある。

 クレマンは居住まいを正し、頭を下げた。

「黙っていて、申し訳ありませんでした」

 顔を上げる。マノンは不愉快そうでも、怒っているわけでもない。ただ、楽しそうにクレマンがどんな行動に出るのかを見つめている。いや、本当は何も見ていないのかもしれない。クレマンと視線が合いそうで、なかなか合わない。

 勇気を振り絞り、クレマンは聞いた。

「医師ではなく、高等法院所属の捜査官としてお尋ねします。嫌なことをお聞きするかもしれません。答えられないと思った問いには、答えずともかまいません。オズヴァルトのためにも、正直にお話しいただけると幸いです」

 マノンの目から、光が消える。遠い過去、封印された記憶を呼び起こしている。クレマンは少しだけ待ってから、彼女の元婚約者であった男の話を始めた。 

41話

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