臆病な牙(18)

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17話

 冬夜が子供たちに向けた劇の題材として選んだのは、『泣いた赤鬼』だった。

『はぁ……僕は村の人たちと、仲良くなりたいだけなのに……』

 主人公の赤鬼は、香山にやってもらった。無邪気で愛らしい顔立ちの香山に、子供たちは心を奪われている。

 香山は立ち上がって、手を打った。

『そうだ! 頭のいい青鬼くんに聞いてみよう!』

 冬夜の出番を告げる、きっかけのセリフだった。パン、と一度頬を張った。大丈夫だ。舞台上には香山がいて、客席では橋本が、フォローに回ってくれる。

 冬夜はセリフとともに、ステージに上がった。

『おうおう! どうした赤いの!』

 青い全身タイツに、トラ柄のパンツ。角の有無にかかわらず、冬夜は立派な鬼に見えるだろう。

 喜んでいた子供たちの笑顔が消える。泣いてしまうかもしれない。冬夜の元に、再びあの日の悪夢が戻ってくる。

『あ、青鬼くん! こんにちは!』

 立ち止まってしまいそうになった冬夜を引き戻したのは、香山の明るい声だった。彼は赤鬼役をまっとうしながら、冬夜にアイコンタクトをして、励ました。

『僕、村の人たちと仲良くしたいんだ。でも、僕が鬼だから、みんな僕のことを悪い奴だと思っていて、石を投げてくるんだよ……僕はなんにもしないのに』

 本物の役者に遜色ない演技力で、香山は冬夜を引っ張る。

『お前は本当に、人間の連中が好きだなぁ。どこがいいんだよ、あんな奴ら。お前のことを鬼だからってだけで、いじめてくるような連中だぞ?』

 冬夜は演技力には自信はない。だから、大きな声でゆっくり、はっきりと、子供たちに言葉を伝えることに主眼を置いてセリフを言う。

 冬夜は青鬼のセリフを通じて、子供たちに大事なことを教えたかった。

 先輩とともに事前に挨拶に訪れた際、やはり施設長や職員は、いい顔をしなかった。

 顔が怖いから。それだけの理由で、他者の、そして自分自身の価値を決めてしまうような大人には、なってほしくない。

 熱心な冬夜の説得に、大人たちは折れた。子供たちを前回のように泣き喚かせないことを条件に、冬夜の訪問が認められた。

 香山は青鬼・冬夜の言葉を受け取って、目を伏せた。冬夜とほぼ同じ全身タイツにトラ柄パンツを履いているのに、この可憐なヒロインぶりはどうだ。

 おかげで、子供たちの視線は香山に釘付けになり、冬夜から外れる。

『それでも僕、人間が好きなんだ。人間の子供たちと、仲良くなりたいんだ!』

『そんなに言うなら、俺がいい方法を、教えてやる』

 そう言って、冬夜と香山は舞台袖に一度、引っ込んだ。

舞台上では今度は、村人役のメンバーたちが、子供たちとゲームやクイズをして盛り上がっている。

「なんとかなりそうだな」

 小声で香山が話しかけてきたので、冬夜は大きく頷いた。

「香山のおかげだ」

「違うよ。月島が、ここまでみんなを引っ張ってきたからだろ」

 香山に背中を叩かれた。強い力だったので、思わずむせそうになる。

 そうかな? そうだったらいいな、と思った。

「ところでさ。ちゃんと、客席の後ろの方まで、見た?」

 実のところ、子供たちとは直接視線を合わせないようにしていた。目を合わせたら、相手を石にしてしまうバケモノになった気分だった。

「見た方がいいよ」

 くふくふ笑っている香山に背中を強く叩かれ、冬夜はゲームで盛り上がった子供たちの前に、姿を現した。

 凶暴な顔つきで、ステージ上で暴れまわる。村人役の人間が、引きつった顔で冬夜を見ていた。

「みんな! お姉さんを助けよう!」

 橋本の号令によって、床に置かれていた新聞紙を丸めた玉が、冬夜に一斉に投げられる。あたってもさほど痛くはないが、目にだけは入らないように注意した。

 香山の言葉を思い出して、冬夜は玉を適度によけながら、後ろを見た。

 子供たちの後ろには、はらはらしながら見守っている職員の姿がある。香山の言葉の意図に困惑していた冬夜だったが、ホールの隅に佇む姿を認めて、息を呑んだ。

 視力は普通だ。一番離れた場所にいるその人間の顔まで判別できないが、それでも、冬夜が見間違うことはなかった。

 あれは、慎太郎だ。間違いない。

 どうしてこんなところに? 冬夜は思わず動きを止めて、彼を凝視してしまう。だが、舞台袖にいる香山から、「月島、月島!」と声をかけられて、次のセリフを思い出す。

『ぐはは! 痛くもかゆくもないぞ! どれ、うまそうな子供たちだ!』

 小道具の金棒を手に、冬夜はゆったりと余裕のある足取りで、ステージを降りて子供たちに接近した。

 視界の隅で、慎太郎が動こうとしたのを目で制した。

 すぐに香山扮する赤鬼がやってきて、

『こら! 悪さをする青鬼め! この赤鬼が退治してくれる!』

 と叫び、「とうっ!」という気合いとともにステージを飛び降り、冬夜を殴った。

「ぐえっ」

 演技だけではなく、情けない声が出た。本気だ。本気でこの男は、鬼退治をしている。

 ぼこぼこにされて、冬夜は半分本気で泣きながら、

『参った参った! 助けてくれ!』

 と叫び、舞台袖へと逃げていった。それを確認して、村人役のメンバーたちが、赤鬼へと話しかける。

『赤鬼さん。ありがとう』

『青鬼と違って、赤鬼さんは、いい鬼だったんだね!』

『さぁ、みんなも赤鬼さんにお礼を言いましょう。せーの』

 ありがとう! と幼い声が上がるのを耳にして、冬夜は声もなく笑った。

 きっと、『泣いた赤鬼』の青鬼も、こんな気持ちだったに違いない。

19話

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