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<35話
黄色い歓声とフラッシュの明滅に、貴臣は眩暈を覚えてふらついた。そんな貴臣の背をそっと支えたのは昴だった。
「すーちゃ……」
しぃ、と唇に指を当てて昴は微笑んだ。ずっと憧れていた、そして今は愛しい恋人の眩いばかりの微笑を間近で見てしまった貴臣は、「うっ」とそのまま倒れこみたい気持ちに駆られるが、場所が場所なので我慢した。
深夜特撮としては異例のヒットを記録した「光の聖典 アンジュブラン」はこの度映画化され、全国ロードショーされることとなった。単館上映かとばかり思っていたのだが、葉山の尽力もあり、かなりの数のスクリーンで公開されることとなる。
今日は劇場版の初日舞台挨拶日だ。首都圏の映画館をいくつか回った後、明日は関西の映画館だ。チケットはすぐに売り切れたらしく、そのほとんどは昴目当ての女性ファンだが、中には熱心な特撮ファンの男性客の姿も多い。それだけ注目されているのだ。雑誌のカメラだけではなくて、テレビ局の取材も来ていた。ドキドキしながら貴臣は、マイクを握る。
――あの日。
貴臣と昴が身も心も結ばれた日。牛島に対して貴臣は正式に、自分を解放してほしいと頼んだ。性行為以外ならばなんでもするから、どうか、と。昴も貴臣と一緒に頭を下げて、「貴臣を解放してやってください」と懇願した。
牛島は困ったように、「まるで娘さんをくださいって言われたみたいだなぁ」と笑う。それから貴臣との契約書を取り出して、二人の前でゆっくりと、破り捨てた。
「どうしたの、貴臣。これで君は、自由の身だ」
もう俺の奴隷なんかじゃないんだから、さっさと家に帰りなよ。
言葉自体は冷たいけれど、声は温かかった。だからうっかり貴臣は涙ぐんで、「ありがとうございました」なんて言ってしまって、それはそれは昴の不興を買ってしまったわけだが、それはまた別の話だ。
牛島は優しすぎたのだと思う。昴に話を聞いたところ、事前に呼び出されていたのだという。貴臣が連絡先を教えたという事実は一切ないので、おそらく葉山の協力によるものだ。その葉山は舞台袖で貴臣たちを見守っている。
最初からあの日、貴臣を最後まで犯すつもりはなかった。媚薬だって結局、原液などではなかった。ごくごく希釈されたものだった。貴臣の迷いを見抜き、誰に惹かれているのかにも勘付き、そして手を離した。
――あ。
客席の中に、特撮ファンでもなければイケメン俳優目当てでもない、長い髪の毛の姿を見つけた。牛島だ。挨拶の口上が、震えた。昴もまた牛島の姿と貴臣の異変に気がついて、貴臣の肩を抱いた。その様子に「きゃー!」とまた悲鳴が飛ぶ。
「……ありがとうございましたっ」
そこまで何を喋っていたのかまったく記憶になかったが、貴臣は涙目になりながら、最後にそう大きな声で言った。叫ぶように。ファンへの感謝よりも、牛島への気持ちとして。昴は何もかもわかってるよ、という笑みを浮かべた。
ここから進んでいくんだ。
未来へ。
――二人で。
そう決意を込め、カメラに目をやった。その姿を牛島は離れたところから、どこまでも優しい目で見つめていた。
【終】
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