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<9話
結局、疲れていた九鬼が寝落ちしてしまったため、できなかった。
彼は異様に寝つきがいい。強面のくせに、赤ん坊みたいだと毎回思う。
隣にいた千隼がシャワーを浴び(ついでにまだ熱をもったままの身体を慰め)、着替えて再び横に潜り込んでも、寝返りさえうたず、熟睡していた。
翌日も出勤する九鬼の朝は早かった。
フリーランスの千隼は特に朝が弱いため、起きたときにはすでに彼の姿はない。いつものことである。
眠い目を擦って、スマートフォンを確認すると、九鬼からメッセージが届いていた。
『冷蔵庫』
とうとう文章ではなく、単語になってしまった。
ふらふらとキッチンへ向かい、指示どおりに冷蔵庫を開けると、見覚えのないカップがひとつ。
「これって」
いちご練乳みるく杏仁プリン。甘い物が苦手な人間なら裸足で逃げ出しそうな取り合わせの、季節限定コンビニデザートだった。
去年ためしに買って、「美味しい!」と褒めた覚えがある。けれど、近場にあるチェーンではなかったため、一度きりのことだった。
それを九鬼は覚えていて、わざわざ買ってきてくれた。
九鬼の勤め先から家までの道のりを思い返しても、道中に店があるわけではない。
本当に、このためだけに寄り道をしてくれたのだと知ると、じわじわとあたたかい感情が、胸の内いっぱいに広がる。
たまにこういうことをするから、九鬼が自分のことを好きなんじゃないかと、錯覚してしまう。
期待を打ち消して、千隼はフィルムを剥がした。
勘違いするな。本気になるな。信じていいのは同じゲイだけ。
バイ男性とも付き合ったことはあるが、結局将来のこと、親のことを考えれば女だろ、と振られてしまった。
九鬼が同性を恋愛対象に入れられる男だとしても、最後に選ぶのは女なのだ。
彼はきっぱりと自分に別れを告げるだろうか。それとも、家に寄りつかなくなり、自然消滅を狙うだろうか。
どちらもリアルに想像してしまい、千隼は小さく溜息をついた。
起こってもいない未来について考えるのは、やめよう。せっかく買ってきてくれたデザートが、まずくなる。
スプーンはもらってこなかったのか、ついていなかった。食器置き場から小さいスプーンを手に取って、食卓にしているローテーブルにつく。
ふと思いつき、スマホを取った。一口分、杏仁プリンを掬い、左手はぴんと伸ばして斜め上でスマホを構える。
何度か失敗したけれど、いい感じに自撮りができた。九鬼へのメッセージに添えて送信する。
『サンキュ。美味い』
すぐに既読はついたが、返信はしばらく待ってみても、来なかった。
恋人同士がするような甘い会話というものは、アプリのトーク画面からは、読み取れない。
ほらやっぱり。
ノンケにセフレ以上の関係を望むのは、まちがっているんだ。
千隼は空になったカップを、指で弾いた。
>11話
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