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<10話
「暇だな」
千隼は大きな溜息とともに、作業用デスクの上のカレンダーを睨みつける。
大型連休に入ってから、企業の宣伝以外でスマホが震えることがない。
そういえば、自分から「今日来る?」と誘ったことは一度もなかった。ベッドの中では直接的な愛撫を仕掛けていくくせに、その前段階では、自ら動いたことがないことに、愕然とした。
だからといって、「連休中ヒマ?」という一言を送るのも憚られた。
漫画編集というのは、とにかく忙しいらしい。滅多にない連休だから、ゆっくり身体を休めてほしいというのは、建前だ。
本当は、「無理」の一言で断られることを想像して、怖くなるせいだ。九鬼のことだから、理由ひとつ教えてくれやしないだろう。
たとえ会えないのが、イレギュラーな仕事だったり、帰省というまっとうな理由であったとしても、だ。
そして関係が瓦解するのは一瞬。それが別れの前触れになることは、じゅうぶん考えられる。
カレンダー通りに休む必要のない千隼は、今日もだらだらと仕事を進めていた。連休明けには、また新しい案件が来るだろう。その前に、ある程度進めておかなければ。
椅子の背に思いきりもたれかかると、腰が嫌な音を立てた。肩も腰も凝っていて、バッキバキである。
「うー……」
デスクワーカーの宿命とはいえ、最近はひどい。
もう若さが足りないってことだろうか。
肩を揉み揉み、手近の鏡を覗く。目の下に隈、口元には大人ニキビ。ひどい顔をしている。
整体やエステに通うだけのマメさはないし、基本的には出不精だ。
家庭用マッサージ器でも買ってこようか。ついでに新しい基礎化粧品や、食糧も。
となれば、買い物の行き先はおのずと決まる。
夕方になり、なんでも安く揃う、「激安の宝庫」を名乗る大型ディスカウントストアに足を運んだ。
明るいテーマソングの流れる店内は、商品が所狭しと並んでいる。
来る度に、地震や火事が起きたらどうするんだろうとは考えるのだが、ここまでびっしりだと、ワクワクする気持ちの方が勝つ。買おうと思っていたものを忘れ、予定外のものを買ってしまいそうになる。
>12話
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