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<【9】
聡子は逮捕され、篤久も、学校と警察の両方から事情を聞かれた。
刃傷沙汰を起こした聡子はもちろん悪いが、それを誘発したのは、篤久の複数人相手の異性交遊であることは、明らかだった。
生徒同士の事件に発展していた可能性も高く、実際、裏では陰湿な嫌がらせを相互に行っている女子がいたことが、調査によって発覚した。
そうまでして執着していた篤久に対して、だが、女子生徒たちは、まるで憑き物が落ちたかのように、すっかり興味を失ってしまった。
美希は、
「よく見れば、惚れる要素なんてどこにもなかった」
と、首を傾げていた。
青山たちは「だから言っただろ」と自信を取り戻し、遠藤は、今回の事件で英雄になったとは思えない、控えめな態度で、うっすら微笑んでいた。
篤久への恋心を失ってしまったのは聡子も同様で、「なぜこんなことをしでかしたのかわからない」と、涙ながらに訴えているらしい。
赤い糸の効力は、消え失せた。篤久が懲りた瞬間に、ぶつりと切れてしまったのかもしれない。
僕は、久しぶりに親友……篤久の家を訪れた。
呼び鈴を押すと、心労が祟り、この数日間ですっかりやつれてしまった、彼の母親が出てくる。
「紡くん……」
元凶の篤久を、学校側は被害者としてだけではなく、加害者としても扱った。休学ではなく、無期限の停学処分を下した。
涙を目に浮かべて、疲れ果てた母親に、僕はなんと言葉をかけていいのかわからなかった。
「よくお見舞いに来てくれたわね……」
自ら進んで、篤久に会いに来ようとする人間は、いない。
もともとは明るい息子だった篤久を、どう扱っていいのかわかりかねている様子で、彼女は僕を彼の部屋に誘導した。
扉を開けずとも、その奥に潜む不穏な空気は感じられた。この場からUターンして、逃げ帰ってしまいたい気持ちに駆られる。
けれど僕には、篤久のことを見届けなくてはならないという、意地があるのだ。
赤い糸のことは、僕しか知らない。もしもまだ彼が囚われているのならば、説得できるのは、僕しかいないのだ。
篤久の母が両手を祈るように組んで見守る中、僕は意を決して、扉を開ける。
「うっ」
思わず、息を詰めた。
破ったノートや適当に保管してあったプリント類が、散乱している。
ただ散らかっているだけじゃなく、赤で塗られている。ボールペンにサインペン、昔使っていた絵の具。いろんな赤で染まる中、インクがすべてなくなってしまったのだろう。
篤久は、親指を食いちぎっていた。おまじないを隠すために巻いていた包帯が、血で赤く染まる。
それはまるで、太い一本の赤い糸のようで。
「こ、この赤い糸があれば、もっとうまくやれる……」
引きこもった息子が、こんな調子になっていたことに気づかなかった母親は、惨憺たる状況に、気を失った。僕は彼女の身体をどうにか支え、ゆっくりと床に下ろした。
それから、篤久に近づく。僕の存在など気づかないように、篤久は血染めの包帯を指に巻いていく。糸屋で購入した赤い糸は、すでに彼の指の根元にきつく食い込んで、鬱血してしまっている。
「これは、美希ちゃん。これは、沙織先輩。これは聡子さん……」
関係したすべての女子の名前をブツブツと呟く篤久は、正気ではない。
僕にできることは、二人を乗せるための救急車を呼ぶことだけだった。
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