ごえんのお返しでございます【11】

スポンサーリンク
ごえんのお返しでございます

<<はじめから読む!

【10】

 篤久はそのまま入院した。母の方は、数日ですぐに出てこられたが、彼はいつになったら退院できることか、わからない。身体も心もボロボロになった親友を、僕は直視できなかった。

 美希との縁がつながった段階で、やめておけば幸福だったのに。二兎を追うものは一兎も、とはよく言うが、彼は実際、何人の女性を狙っていたのか。僕もすべてを聞いたわけじゃない。

 篤久が悪いのは、重々承知している。それでも大切な親友の、あんな姿は見たくなかった。哀れだった。

 だから、その怒りは本人ではなく、別へと向かう。

 僕は初めて、ひとりで店の扉に手をかけた。前回までは、篤久と一緒にくぐった、古い店だ。

「いらっしゃいませ」

 全国区のニュースにも取り上げられるほどの大事件だった。細められた目は、何も見ていないようで、実はすべてを見透かしている。

 高校で起きた事件の当事者が、自分の店で糸を買っていった少年であることを、彼女は知っているはず。

 なのに、その連れであった僕がひとりで姿を現しても、店主は一切、顔色を変えなかった。含んだような微笑で、歓迎の意を一応表すと、それっきり黙って、カウンターの中で座って、刺繍をしている。依然と同じ、白い布に白い糸で。

 僕は衝動のまま、カウンターに乱暴に手をついた。

 けっこうな音がしたが、彼女は動じなかった。針仕事を止めて、僕を見上げる。

 目が合った。黒目がちな、不思議な瞳。普通に見える範囲を超越しているかのような、その光彩に吸い込まれそうになる。凝視してくる彼女に圧倒されそうになりつつも、僕はなんとか、篤久のことを話した。

「あなたが売った赤い糸のせいで、僕の友人は大変な目に遭った。身体の傷だけじゃない。精神を病んで、今も入院している」

 言ったところで、彼女は医者ではない。ただ糸を売る店の主人だというだけの存在だ。責任を取ることができるわけではない。

 それでも、謝罪だけは。

 変な噂のある糸を、何の注意もなく売りつけたことだけは、謝ってほしかった。

 もしも彼女が最初から篤久に、複数人相手には使ってはいけないと忠告していれば、今のこの状況には、陥っていなかったはずだから。

 僕の剣幕に、店主は涼しい顔を崩さなかった。それどころか、「それで?」と、謝る気は毛頭ないことがわかる。

「それで……って、責任とか、感じないんですか?」

 女は恐ろしい。包丁を持ち出した聡子や、篤久とのことをなかったことにしている美希から、僕は学んでいた。

「それが、彼の選んだ縁の因果でしょう」

「でも」と言いつのる僕を、彼女は止めた。縫いさしの白い糸を巻きつけた、人差し指をつきつけて。

「あなたの親友のような道をたどる人を出したくないのなら、あなたがここで見張ればいいわ」

 人知を超えて美しい女は、ただ微笑んでいるだけで、恐ろしい。

「あなたはここで働くべき。そういう縁に縛られている人」

 訳のわからないことを言う女――黒島くろしま糸子いとこの妖艶さは、僕に絡みつく糸になる。

 僕は反発もできずに、頷いていた。

 糸子に逆らえないんじゃない。篤久のためだと、自分に言い聞かせながら。

【12】

ランキング参加中!
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村 小説ブログ 小説家志望へ
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説家志望へ



コメント

タイトルとURLをコピーしました