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<43話
「まず先に言っとくけど、俺と呉井さんは、柏木のことを信じてるから」
柏木は一瞬、不意をつかれた表情になった。
彼女は結局、授業には出席しなかった。俺からの脅迫メールを見て、放課後になってこそこそと登校してきた。柏木は、俺たちからの糾弾に怯えつつも、大切な物を取り返しにきたのだ。
「だから、正直に教えてほしいんだ。昨日、何があったのかを」
柏木は昨日、俺たちより先に、あの惨状を発見した。ただ、それだけにしては不自然だった。俺たちに気づかないほど、慌ててどこかへ逃げる必要なんてない。彼女は何かを知っている。いや、関与している可能性もある。
「柏木さん。お願いいたします」
被害者である呉井さんは、頭を下げた。それでも柏木は、言い渋っていた。
「被害に遭ったのはわたくしの手帳ですが、もしかしたら大切な物が傷つけられていた可能性もあるのです。犯人は、許しません」
苦しそうに胸を押さえた呉井さんだが、言葉は強い。柏木はまるで、自分が許さないと言われたかのように怯えた反応を見せる。
「何か知っていることがあるのならば、教えてください。悪いようにはいたしませんから」
怒りや焦りを滲ませつつも、呉井さんはそっと、柏木の手を取った。しっかりと目と目を合わせ、慈愛の微笑みを浮かべている。
まるで、聖女だ。
魔王の暗躍する異世界ではなくとも、呉井さんの美しさ、優しい心は、そう呼ぶにふさわしい。
見惚れているのは俺だけではない。ちらりと振り返れば、仙川は敬愛するお嬢様の姿を頷きながら見守っている。一歩間違えれば狂信者の目をしている。
あ、違う。失礼なことを言いました。一歩間違えれば、じゃないですね。紛うことなき狂信者以外の何者でもなかったですね。
俺の視線を感じ取った仙川は、鬼のような形相で「私じゃなくて、目の前の円香お嬢様を見ろ、崇めろ」と、俺の顔の向きをアイアンクローで変えようとする。痛いんだって、馬鹿力!
目の前でそんなどうしようもない攻防が繰り広げられていることなど、柏木の目には入らない様子だ。自分の手を握り、真っ直ぐに訴えかけてくる美少女に釘付けである。柏木の頬は紅潮しており、俺としては、「百合もいいな」という不謹慎な感想を抱いた。美少女が見つめ合っているのは、非常に絵になる。
柏木が落ちたのは、それからすぐのことだった。
「本当に、あたしのこと、信じてくれるの……?」
彼女の目から落ちた涙を、呉井さんは傷ひとつない指先で拭い、力強く頷いた。
>45話
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