ごえんのお返しでございます【29】

スポンサーリンク
ごえんのお返しでございます

<<<はじめから読む!

<<3話のはじめから

【28】

 大輔と渚は、ずいぶん先に行ってしまっていた。慌てて追いかけていく。

 方角を誤らないのは、大輔の「なーぎさー」という、なんとも情けない悲鳴のおかげだった。彼の馬鹿でかい声に感謝したのは、初めてだ。

 注目を集めそうなものだが、そもそも常連しかいない商店街である。

 一瞬、「何事!?」と、振り向いた人たちは、「ああ、なんだ」という顔で、自分たちの用事にすぐに戻っていく。

 魚屋の娘と肉屋の息子は、商店街を庭として、学び場として育ってきた。周りの店主たちは、先生であり先輩であり、何人もの父と母であった。

「渚ちゃん。大ちゃん、まーたなんかやったの?」

 常連客も似たようなもので、気軽に話しかける。渚の剣幕をものともしないあたり、おばさんはやっぱり、最強の生き物だ。

「そうなの。これから説教!」

「あらぁ。相変わらずねえ」

 ほのぼのした会話だが、大輔の首が締まっている。

 追いかけて追いついて、「渚さん。あの、大輔さんそろそろ……」と、声をかけると、「あら、あんたいたの?」みたいな顔をされた。

 ひどい。店にふたりでいたのに、大輔しか目に入っていなかったのだ。

 というか、そもそも渚は僕のことを認識しているのか。 

 小さな公園(という名の広場だ。遊具は何もない)にやってきて、ようやく渚は大輔を解放した。それから僕のことをまじまじと見る。

 どこかで見た記憶はあるが……という表情に、僕は少し悲しくなりながら、「切原紡です。結の弟の」と、自己紹介をした。

「あー……」

 と、渚は声を上げた。語尾にかけて小さくなっていく。濃いメイクをした目に見つめられると、固まってしまう。この動悸はときめき成分過多なものじゃなくて、恐怖由来だ。

 彼女は、大輔と僕の顔を交互に見比べた。大輔が首を小さく横に振ると、渚は一度、顔を下に向けた。

 考えているのか、思い悩んでいるのか。心配になって声をかけようとしたとところで、ちょうど顔を上げた。

 彼女の表情には、苦悩の一点もない。さきほどの落ち込んだ様子は、気のせいだったのだろう。

「あー、うん、覚えてる覚えてる。結んところの紡ね、はいはい」

 あからさまに覚えていない。彼女は最初から僕に興味なく、適当にあしらったあとは、再び大輔に「どうしてあんな店なんかに行ったのよ!」と詰め寄り始めた。

「あんな店ってお前、こいつのバイト先だぞ?」

 大輔の人差し指が僕の方をさす。失礼だろ、と唇を尖らせる彼には申し訳ないが、僕自身も、「あんな店」と思っている。

 手芸趣味の近所の奥様方には、知る人ぞ知る店、という感じで口コミで広がっているようだが、多くの客が訪れるわけもない。商店街のメインストリートからも外れている。

 何を売っているのかも、渚は知らないだろう。大きな声で呼び込みをする、昔ながらの商店スタイルを貫く魚屋。その家の娘である渚は、看板も出していない糸屋のことを、店として認めていないのかもしれない。

「っつか紡よ、お前、さっきのありゃなんだ?」

 ガミガミとお説教が本格化する前に、大輔は話題を逸らした。頭のつくりは大輔レベルで単純らしく、渚は「さっきのって?」と、まんまと載せられている。

 大輔は彼女に、店での出来事を説明する。白い糸を買おうとしたら、すごい剣幕で怒られた。事実だけ聞けば、僕の頭がおかしくなったのかと思うところだ。

 渚もまた、糸屋の噂を知らなかった。大輔の口から語られる僕の奇行に、眉をひそめてこちらを見ている。

 学校で起きた事件のことも知らないのか? と思ったが、あれは篤久のやらかした痴情のもつれが原因ということになっていて、赤い糸については一ミリも語られていないのだと思い出した。

 彼の全指に糸が巻かれていることは、一部の人間しか知らない事実だ。

 僕はあれこれと思考を巡らせる。

 あまり都市伝説的な噂話について話はしたくない。実際に力を発揮することがあるんだから、余計に。

 けれど、過剰な反応をしてしまったこともあり、中途半端な説明では、大輔は納得しないだろう。僕の顔を覗き込んでくる彼の表情は、値踏みするように真剣だ。

 結局、下手な考えはやめて、ド直球で真実を告げた。

 あの店の赤い糸や白い糸を、おつりが五円になるようにして買うことで、縁結びや縁切りができること。

 その力に依存した結果、篤久がおかしくなってしまったこと。美希というクラスメイトと、その双子の姉妹が辿った数奇な運命のこと。

 学校で傷害未遂事件が起きたり、双子の一方が事故に遭ったことを知っても、糸子はなんのアクションも起こさなかったこと。

 なるべく、事実を冷静に報告しようと思ったが、ダメだった。声が揺れ、身体が震えるのを止められない。せめて泣かないように、ぐっと全身に力を入れて耐える。

 ふたりの反応は、それぞれだった。

 渚は目を瞬かせ、それからうろんな表情になる。

「そんなの、ただの不幸な偶然でしょ。ありえない」

 笑いながらも、彼女は目を泳がせる。

 もしも本当に、糸のまじないの効果ひとつで事件、事故が起きてしまったのだとしたら、恐ろしいことだ。けれど、信じるには荒唐無稽すぎる。

「ね、大輔?」

 同意を求めて振り返る。

 当の大輔はといえば、神妙な顔をして、顎に手をやっていた。真面目くさった顔で思案していると、賢そうに見える。肉屋で母親にどやされる彼のことを知らなければ、ぽーっと見惚れてしまいそうなほど。

 実際、渚は追撃することなく、じっと大輔を見つめている。僕はそれを、彼女の後ろから観察する。後頭部に視線を感じたのか、渚はハッとして、「大輔?」と、再び声をかけた。

 一度目は本当に気づかなかったらしい大輔は、「ん、ああ」と、ようやく返事をする。

「なに考えてるの」

「うーん……なんかさ、あの人だったら、そういうこともあるんじゃないかと思ってさ」

 あの人……黒島糸子。

「糸子さん、だっけ? あの人間離れした感じ。外にいるときも、周りと全然違って浮き上がって見えてたけどさ、店の中にいると、より一層、なんか、普通じゃないっていうかさ」

 ただの美人であれば、大輔はあそこまで緊張し、話しかけるのをためらうことはなかった。なんといっても客商売、トークには慣れている。

 それに彼は、顔もそこそこいい。ちょっと馬鹿なのが玉にキズだが、愛嬌がすべてをカバーする大輔は、おそらくとても、よくモテる。篤久とは違い、恋人がいたことだってあるだろう。

 人並みの経験がある彼であっても、糸子へのアプローチは難しい。

「つか、あの事件は知ってたけどさ。お前ら関わってたのか」

「う……ん」

 篤久が赤い糸を使って操っていた女性が、凶器を学校に持ち込んだ。ハーレムをつくりたいという稚拙な野望が、クラスメイト全員を危険にさらした。

 美希のことだって、そうだ。彼女の言い分を一ミリも信じずに、美空の味方ばかりした。彼女の話をきちんと聞いて、どちらか一方に肩入れすることがなければ、違った今もあったかもしれない。

 美希が事故に遭い、心臓が美空に移植されるという結果は変わらなくても、こんなにも罪悪感に駆られることはなかっただろう。

 知らず、僕は胸のあたりをぎゅっと掴んでいた。力が入りすぎて、指先がしびれていく。

「お前だけの責任だと思うな」

 力強く握られて、僕はハッと我に返る。力んでいた指を、おそるおそるほどいていく。

「大輔さん」

「お前にできたことなんて、たかが知れてんだよ」

「でも」

 僕だけが、篤久の馬鹿な暴走を止められる立場にあった。美希と結ばれた時点で満足していればきっと、今、彼は僕と笑っていたに違いない。後悔だけが、僕をむしばんでいく。

「それは、今だから言えることであって、そのときはまだ、お前はあの店のまじないだかなんだかのこと、よく知らなかったんだろ。仕方なかったんだよ」

 冷たい物言いに聞こえるが、大輔の表情は嘘をつくことができない。辛そうだった。大輔の方こそ、関係ないのに。

 そっと背中に手が当てられた。渚だった。一番、何もわかっていないはずの彼女だが、僕の苦しみに共感してくれている。痛ましい表情で、僕を見つめる。

「僕は……どうすればいい?」

 口をついて出てきたのは、仮定法ばかりの変えられない過去ではなく、これからのことだった。

 悔やんでもすでに遅いというのならば、今から何をすれば、この苦しみから逃れられる?

 誰も答えを持っていない。渚も大輔も無言だった。自分で見つけて、動くしかないのだ。

 美希は死んでしまった。心臓は美空の身体の中で生きているとはいえ、今から僕にできることは、何もない。美空はおそらく復学して、僕のことなど、すでに過去にしてしまっているだろう。

 僕が自分の力で償いができるとすれば、篤久だけだ。

 彼も今は、病院から自宅に移って療養をしているらしい。顔を見るのも恐ろしく、そのままにしてしまっている。

 入院中だって、見舞いに行ったのは最初のうちだけだ。後半は、美空に夢中で、どうせ会えないし、と言い訳して、放置していた。

 責任を感じている、後悔をしていると口では言いながら、僕は結局のところ、何もしてこなかった。

 大輔たちに会って、自分のしでかしたことをすべて告白したことで、頭の中が整理整頓された。ある種、すがすがしい気分だ。

「僕……篤久のところに行ってみます」

 ぐっと拳を握り、前を見た。大輔は、大きく頷いている。

「俺も行くから、声かけろよな」

 そう約束して、僕はふたりを見送った。渚は説教のことなど、すっかり忘れていて、傍からは仲睦まじく見える。

 僕にはまだ、店に戻ってやることがある。

【30】

ランキング参加中!
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村 小説ブログ 小説家志望へ
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説家志望へ



コメント

タイトルとURLをコピーしました