6 純白に波立つ(2)

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6-1話

 会議後に最寄りの繁華街の駅へと集合して、居酒屋へと向かった。かなりの大所帯ゆえ安いチェーン店の座敷席を確保してのコンパだった。集合場所には敏之や千尋の姿があった。

 靖男たちのテーブルは周囲の喧騒とは無縁だった。それと言うのも、普段なら率先して騒ぐタイプの靖男が押し黙って杯を重ねているせいだった。敏之は「ほら元気出せって~」と肩を叩いてくるが、靖男はそれをぴしりと払いのける。

「神崎はなんでそんなに機嫌が悪いんだ?」

 千尋の質問には答えたくなかった。押し黙っていると、勝手に敏之が答えてくれる。

「そっか。五十嵐まだ知らないのか。こいつ、女装することになったんだぜ」

 にやにやと笑いながら、敏之もまた靖男が女装するのが当然だと思っているのだろう。

「そうなんだ……」

 靖男はピッチャーを掴んで、乱暴に自分のグラスへと注ごうとしたが、千尋の手がそれを奪った。

 身長に見合う、大きな掌に長い指は女子たちの憧れだろうが、そんな彼女たちよりもよほどたおやかな動作で「俺がやるよ」とピッチャーを取り上げて、靖男のグラスへと酒を注いだ。

「はい、どうぞ」

「……ん」

 グラスを傾け、飲み干すと間髪入れずに千尋は靖男のグラスにビールを注ぐ。

「女装するのが嫌で、拗ねてるだよな」

 敏之の言葉に「ちげぇよ」と靖男は言った。誰もやりたがらない役目で、会議が硬直してその空気が嫌で自分から「じゃあ俺が」と言うのならば、こんなもやもやした気持ちにはならなかった。

 女装をする、ということに対して多少の抵抗はあるにせよ、学校祭なんていたるところで不気味な女装男子がはびこるのだから気にしなければいい。

 重要なのは周囲の態度だ。誰一人として「悪いけどお願い」「手伝うから」と気遣いをする素振りを見せなかった。たった一言でもあるのとないのとではモチベーションが異なる。

「まぁ不本意だとは思うけど……神崎ならきっと、可愛いと思うよ、俺」

 気遣いの心からだろうが、千尋にまでそんなことを言われた。お前の方が慣れてるんだから、やれよ。そう言いたい気持ちをぐっと堪えて、靖男はやけ酒を呷った。

※※※

 電車に乗った記憶がないのは当然として、店を出た記憶さえない。靖男の意識が現実を認識し始めたのは、水の入ったグラスを渡されてからだった。それを受け取って一気に飲み干して、ようやく頭が回り始める。

 見覚えがある壁紙に、ここが千尋の家だということに気がつく。酔っぱらって前後不覚の状態になり、千尋がタクシーか何かで連れてきてくれたのだろう。格好悪いにもほどがある。

「大丈夫? 気持ち悪くない?」

「うー……」

 吐き気がするわけではないが、唸り声しか上げられなかった。

「吐きそうなら、トイレに……」

 千尋は靖男に手を差し出した。連れていこうか、と首を傾げる千尋のその手を引っ張って、バランスを崩したところを抱きとめる。ぎゅう、ときつく締めあげると、「か、神崎?」と困惑した声が苦しそうに靖男の名前を呼ぶ。

 やはり千尋も、自分が女装をするのが当たり前だと思っているのだろうか。こんなにも近くにいると思ったのに、千尋もその他大勢と結局は同じなのか。

「ねぇ、神崎、苦しいってば」

 それでも靖男を殴り飛ばさないのは、千尋の優しさだ。こんな性質の悪い酔っ払い、殴って気絶でもさせればいいのに。その優しさが時に命取りだということを、いい加減に覚えた方がいい。

 とにかく腹が立っていた。自分でも何をしでかすかわからないほど。怒りの矛先は昼間馬鹿にしてきた佐藤でも、敏之でもなく、千尋にだけ向かう。

「なぁ、五十嵐。テストが終わったら、あの下着、つけてくれるって約束したよな?」

 びくり、と千尋の身体が強張ったのを感じた。

「なぁ、今、見せてよ」

 きっと、凶悪な顔をしていた。靖男は薄暗い玄関であることを幸運に思った。結局ベッドの上ではこの醜い表情を晒すのだとしても、今は見せたくなかったのだ。

6-3話

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