平行線上のアルファ~迷子のオメガは運命を掴む~(26)

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25話

 向こうに残してきた友のことを思っていた日高だったが、メモを取っていた早見が妙な顔をしていることに気づいた。虚を突かれたとでもいう表情である。

「あの、早見さん?」

 早見はぶつぶつと独り言を言っている。顎に手をやり、考え込んでいた。

「翡翠湖……いや、この湖は確か、紅蓮湖と言ったはずだが」

「え?」

 早見は手元で素早くスマートフォンを操作する。確かにこの湖の名前は、紅蓮湖と書いてある。よく見れば、ボート小屋の看板にも、「ぐれん湖ボート乗り場」と赤い文字が書かれていた。逆に翡翠湖で検索しても、この湖を指す情報は何も出てこない。

「これはいったい、どういう……?」

「わからん。ひとつ確かなことは、おそらくこの湖が、特別な意味をもつ場所だということだ」

 日高がこの世界にやってくるきっかけとなった翡翠湖。

 そして、早見が捨てられていた紅蓮湖。

 名が違うだけの同じ場所に、どんな関係性あるというのだろう。

 戸惑うばかりの日高をよそに、早見は湖周辺の写真を撮って回った。何がヒントになるかわからないから、と。

「こちら側にも、何か伝承が残っているかもしれない。そうすれば、君を元の世界に……」

「帰りたくない」

 はっきりと言葉にした日高に、早見は瞠目した。

「あんな世界、帰りたくない!」

 翡翠姫と同じように、日高もまた、自分自身の性を呪っている。好いた相手と添い遂げることが、他の性に比べて難しい。

発情したオメガのフェロモンは、アルファを例外なく誘惑する。アルファから注がれる子種に、オメガは……日高は逆らえない。

 心残りは友威のことくらいで、それ以外は絶対に、こちらの世界の方が幸せだ。たとえ、早見のコテージの外に行くことができない、窮屈な暮らしだとしても、ずっとマシだ。

「ずっとここにいたい……」

 何よりも、目の前の男が向こうの世界にはいない。

 いや、いるのかもしれない。けれど、それは日高の知る早見岳という男ではない。

 得体の知れない日高を助け、受け入れてくれた。そして日高も、彼の孤独を慰めたいと思った。

 こんな気持ちは、初めてだった。親友とは違う。友威は早見と同じくらいイケメンだた、触れたいとは思わない。

 けれど、目の前にいる早見には。

 無造作に下ろされた大きな手を、握りたいと切望する。

 そうか。これが、人を好きになるということ。生殖本能だけではない。恋をするということ。

 けれど、絶対に結ばれることはない。これもまた、自分の憎む運命か。

 ぶわりと涙を溢れさせた日高を、早見は痛ましい目で見つめる。彼は日高を励まそうと、触れることはなかった。

「駄目だ」

「どうして」

 俺のことが嫌いだから、そんなこと言うの?

 思わず近づいて、彼の胸に縋る。恋愛ドラマの面倒な女、オメガのようだと自嘲する。自分が一番、なりたくなかった姿だ。

早見は日高の肩を掴み、ただでさえ鋭い目に力を入れ、優しく引きはがす。

「この世界に、オメガはいないんだ」

 抑制剤が存在しないだけではない。日常で意識することはないが、日高は産むことのできる性。相応の器官が、体内には備わっている。

もしもそれら臓器に、何か病気があったら? この世界の医者には対応できない可能性が高い。最悪、命に関わることになる。

「俺が、それでもいいって言っても?」

 早見はゆるゆると首を横に振った。

「俺が、生きていてほしいと思うんだ」

 早見の心からの願いに、日高は小さく頷いた。

 頷くしかなかった。

27話

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