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<35話
二人きりになった部屋、口火を切ったのは日高だった。
「どういうことですか」
固く、緊張して上擦る声。心臓が嫌な音を立てている。そう、あの日追っ手から逃げたときと同じくらい、早鐘を打っている。
ミラクルレッド、映画。
石塚の言葉には、意味のわからないことが多々あった。
いや、言葉としては理解できるのだ。彼女の口ぶりや音の響きから、ミラクルレッドというのは特撮ヒーローか何かの名前だろうし、映画というのは無論、今日公開の映画のことだろう。
わからないのは、どうして彼女が、自分を指して、これらの言葉を発したのかという点だ。
「早見さん」
この期に及んでも、彼は日高に隠し事をするつもりでいるらしい。言葉を操る小説家らしく、饒舌に作り話をすればいいのに、それすらできないでいる。
だんまりを押し通そうとする早見に苛立ち、日高は彼の胸ぐらを掴んだ。身長差があるから、格好はつかない。どうしても、自分が彼の胸元に縋りついて、上目遣いでねだっている様相になってしまう。
睨み合いに、早見が折れた。長く溜息をつき、やんわりと日高の手をどける。
落ち着いて話す時間をくれ、と彼は言い、コーヒーを淹れた。日高の分は、たっぷり牛乳を入れて、カフェオレにしてくれる。
せっかく作ってくれたけれど、日高は口をつけなかった。立ち上る湯気を睨みつけて、早見が口を開くのを待つ。
「これから話すことは、あくまでも俺の推測だ」
前置きとともに、早見はようやく話を始めた。
「こちらの世界の浦園日高のことを、俺は知っていた」
「……どういう、ことですか?」
衝撃的な告白に、日高の反応は、ワンテンポ遅れた。早見は目を合わせようとしないまま、日高ではない浦園日高のことを話す。
彼がこちらの世界の日高と出会うきっかけとなったのは、映画の制作打ち合わせのときだったという。
浦園日高は、役者だった。
二年前に戦隊ものの特撮ヒーローでレッドを演じてから、若手俳優の仲間入りをした。事務所も大きくやり手で、若い女性を中心に人気上昇中の役者、だった。
早見原作の映画では、ヒロインの親友に言い寄る男の役を与えられていた。
「こっちの俺って、どんな人なんですか?」
興味本位で聞いた。原作者と出演俳優という立場では、たいした交流もなかっただろうから、第一印象だけでも聞ければ、それでよかった。
だが、早見は眉根を寄せ、心底不快だという顔で、端的に切り捨てた。
「品性下劣な男だ」
若くて顔がいいことを鼻にかけ、ファンの女性を馬鹿にする。外面だけはいい浦園日高の本性を見抜いた早見は、彼を遠ざけようとした。
しかし、男は自ら近づいてきた。彼はバイセクシュアルで、根暗な引きこもりの小説家という前評判だった早見が、思いがけず好みの男前だったため、誘惑したのだという。
思い出したくもない。
吐き捨てた早見のことを、日高は複雑な表情で見つめた。
>37話
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