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<3話
男と女というメインの性別の他、アルファ・ベータ・オメガという三種類の第二性別が存在する。
というのが、この世の――日高の常識だ。
アルファはオメガに種を植えつけ、オメガはアルファの子を孕む。そこに男女の区別はない。
同性同士のアルファとオメガが結婚することもあれば、女のアルファが男のオメガを孕ませることもある。
歴史上の偉人は、アルファが多かったと推測されている。現代でも、優れた経営者や政治家一族には、アルファが生まれることが多いという。
「もちろん、そんなの迷信だけど」
少なくとも日高の父親は、優秀な人物とは言いがたい。もっと出来る男だったなら、日高が行き倒れたりすることはなかった。
それに、自分を逃がしてくれた黒崎友威は、ベータだ。彼の父はアルファ。だが、同じくアルファの女親との間に生まれた友威はアルファではなかった。
凡庸だと評されることの多いベータ。彼は周囲からあれこれ陰口を言われることが多かったが、極めて優秀だった。そこら辺にいる、アルファを笠に着た連中とは、比べようもないほどだ。
国で一番の大学へと現役で進学し、学生の間に起業するべく準備をしているのだと語っていたのは、ついこの間のことだった。
今ごろ、どうしているのだろう。自分を逃がしたことで、彼が傷ついていないことを願う。
感傷に浸っていると、「それから?」と、促された。日高は慌てて、説明を再開する。
男は、早見岳と名乗った。二十八歳。日高よりもずっと年上の早見は、真剣な表情で、メモを取りながら聞いていた。
理知的な顔だ。じっと見ている分には、好ましい美貌の持ち主である。
どう見ても自分よりずっと賢そうな彼が、小学校の保健で習う最低限の知識さえないのが、不思議だった。
日高の要領を得ない説明を聞き終えた早見は、「なるほど……」と、一言唸ったあと、しばし黙り込んだ。
見るからにアルファである彼が近くにいることは耐えがたく、少し離れたところに座ってもらったが、それでも妙な圧迫を感じて、日高はこっそりと溜息で緊張を逃した。
ぶつぶつと独り言を零していた早見が、顔を上げた。
彼は日高をまっすぐに見つめる。癖なのかもしれない。日高もまた、気圧されて視線を外すことができず、身体を小さく揺らすにとどまった。
「単刀直入に言う。この世界には、君の言う第二性などというものは、存在しない。子を産めるのは、女性だけだ」
>5話
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