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<19話
「どうするの?」
「こうする」
枝の先端を揃え、作業台に置く。そして取り出したものに、香貴はぎょっとした。彼の戸惑いは無視して、涼は手にしたハンマーで、枝を力強く叩いた。当然、音が響く。
いい感じに潰れたのを見て、水の中に入れてから、涼は「ん」と、香貴にハンマーを差し出した。
「えっ、や、無理! それはさすがに可哀想!」
花を持ったまま、両手をぶんぶん振って拒否する。
「香貴」
真剣な表情で、しかし何も言わず、彼がハンマーを取るまで涼は譲らない。
彼の仕事ぶりを見て、プロの花屋としての仕事への姿勢を見つめ直した。
切り花の販売だけなら、園芸の専門学校に通ったり、造園会社で庭師の真似事をする必要はない。
種苗や肥料も扱う地域の園芸店として、「育ててみたい」という人の力になりたいがゆえの進路だった。
錦織家の庭をバラの花でいっぱいにする。しかも香貴自身の手で。
そう願う彼の気持ちを尊重したい。植物の痛みを自分の痛みのように捉える感受性の強さは、役者としては才能のひとつかもしれないが、彼が本気でバラを咲かせたいのなら、乗り越えるべき障害でしかない。
これは荒療治だ。今日一日やってみてダメだったら、香貴には諦めてもらい、自分がバイトしていた造園業者を紹介する。そう決意していた。
香貴は最終的に、恐る恐るハンマーを受け取った。持っていた枝を、涼がやったように台に載せ、一度、ハンマーを振り下ろす。無言で涼を見つめてくる目に、「まだまだ」と首を横に振った。
一度、二度。枝はまったく潰れない。それなりの勢いがないと、枝も生き物。抵抗するのだ。
最初こそ、嫌な顔をしながらの作業だったが、意を決して最後に振り抜いたハンマーは、きちんと枝を潰した。
「オッケー。次のも同じくらいで叩けよ」
「うん……」
徐々にスムーズになっていった作業は、ひとりでやるときよりも時間はかかったものの、香貴にはよい経験になっただろう。不思議そうな顔で、両手を見つめている。
「終わったなら、朝ご飯食べてきちゃいなさい。お皿洗ってね」
「あいよ」
レジ以外の開店準備が整ったところで、母に言われて母屋に戻る。子供の頃から商売をしているから、朝は必ず、ご飯と味噌汁だ。そこにそれぞれ自分の好みで、納豆や海苔や卵。
「納豆いる?」
「あー。納豆、苦手で」
納豆のパックはひとつでいい。あと、明太子が残っているからそれも出してやろう。今日は特別だ。
「嫌いなもんねぇって言ってたじゃん」
「晩ご飯に納豆は出てこないでしょ?」
「くるくる。フツーに出てくるよ」
えー、と嫌そうな顔をする香貴の前で、納豆をよくかき混ぜた。糸を引いているのをわざわざ見せつけて、醤油と溶いた卵とさらに混ぜる。
昔は、こういう朝飯をダサいと思っていた。友達の家は、トーストに目玉焼きにウィンナー、デザートにオレンジやヨーグルトも出てくると聞いて、うらやましかった。修学旅行のときの朝食ビュッフェなんて、今思えば団体客用で全然たいしたことなかったのに、めちゃくちゃはしゃいでしまった。
今はこの、「朝飯」という言葉のイメージ通りの定番メニューがいい。味噌汁の濃さも、ご飯の硬さも毎日少しずつ違うのが、日常だ。
その光景に、香貴は違和感なく溶け込んでいる。
納豆卵ご飯と味噌汁を流し込む。のんびりしちゃいられない。もうすぐ開店だ。さすがに香貴に接客をやらせるわけにはいかないので、彼は家の中で待機していてもらう。
「十一時には迎えに来る。それまで寝ててもいいけど、皿洗いは頼んだぞ」
皿洗いくらいは、できるんだよな?
そうからかうと、のんびりと味噌汁を啜っていた香貴は、胸を張った。
>21話
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