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<14話
写真を撮影して、あとで宣伝用に店のSNSにアップしよう。どう撮影したら、特徴が出るものか、ああでもないこうでもないとスマートフォンを構えて立ったりしゃがんだりしている涼を、母は「まだ?」と急かす。
「ちょっと待ってって」
こういう地道な努力が、新規顧客の獲得に繋がるのだ。たぶん。
「あれ、涼さん?」
画角に凝って撮影を続けていると、背後から声をかけられた。驚いて、うっかり連写モードにしてしまい、パシャシャシャシャ、と二重にびっくりするはめになる。母は呆れた顔で涼の背中を叩いてから、「香貴くん」と、声の主に愛想よく微笑みかけた。
「え、もしかして花、え?」
サプライズのつもりだったのに、現場にいるのを見られたら台無しじゃないか。涼は自分の間の悪さを呪う。むしろこちらが驚かされてしまったことに羞恥を覚え、香貴から視線を逸らす。
香貴は不機嫌な涼には見向きもせずに、スタンド花に見惚れている。口をぽかんと開けたのが間抜けで、からかってやろうとした涼は、花に注がれる優しい目つきに、何も言えなくなった。
バラの花は、彼の目の高さと同じだった。彼とほとんど身長の変わらない涼を見るときと同じということでもある。けれど、自分を見るときとは違う。尊敬だとか友情だとかよりも、もっと根源的な感情。
愛してる。
舞台用にメイクを施した、いつもと変わらないのに少しだけ違う彼の唇が、そう紡ぐのが見える気がした。もちろん、実際に発せられたのは違う言葉だったけれど。
「ありがとう。すっごく嬉しい!」
「お、おう」
気のせいだったのかと思うほど、甘い空気は霧散した。ただ残るのは、バラの花の香。店に嫌というほど漂っているその匂いに、酩酊したかのように涼はぼんやりする。
意識に霞がかかった状態の間も、母と香貴の間では何やら楽しげなやりとりが続いていた。
「涼? ちょっと、寝てんの?」
母に肩を強めに叩かれて、ようやく頭の中の霧が晴れた。首を横に何度かぶるぶる振って、「いや、起きてる。そろそろ帰ろうぜ」と言うと、母はさらに呆れ顔になった。
「あんたやっぱり聞いてなかったんじゃない。香貴くんが、これからゲネプロだから見学していきませんかって誘ってくれたの!」
「ゲネプロ?」
観劇趣味がないのでピンと来なかったが、母曰く、本番と同じように通しで最終確認を行うこと、らしい。
「それって関係者しか見られないんだろ? 俺らが行ったって迷惑になるだけじゃ」
だから遠慮しようぜ、という涼の本音は別だ。スタンド花を設置しているときは高揚感でどこかに吹き飛んでいた徹夜のツケが、一気に両肩に疲労として、頭には眠気として襲いかかってきていた。いったいどうやってここまで車を安全に転がしてこられたのかも謎で、涼は早く帰って寝たかった。
「大丈夫。二人ともじゅうぶん、僕の関係者だから!」
「俺ほんと眠くて、たぶん舞台見ても最初から最後まで寝るから。いびきとか、マジで周りの迷惑になるだろ」
直球で理由を述べると、香貴はふっ、と唇に笑みを浮かべた。常にぽやぽやした彼には珍しい表情というか、見たことがない顔だったので、涼は一歩後ずさる。
香貴は涼の肩をがっちりと掴み、囁く。
「寝る暇なんて、与えてあげないよ?」
低い声。人の悪い笑み。取って食われそうな予感がひしひしとしたが、逃げ場はなかった。
>16話
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