孤独な竜はとこしえの緑に守られる(15)

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<14話

「カミーユ?」

「陛下。お耳にお入れしたいことが」

 一応、神官長の存在は忘れていなかったらしく、カミーユは会釈した。それからすぐにシルヴェステルに向き直ると、こっそりと耳打ちをする。

「ベリル様のお衣装が」

「わかった。すぐ行こう」

 緊急事態ということは、カミーユの語調からすぐにわかった。すべて言わせずに遮って、シルヴェステルは神官長たちに、「申し訳ない。準備ができたら呼ぶので、客間でそれまで待っていてほしい」と言った。

 神官長は込み入った事情を察知し、無言で頷いたが、それまでおとなしかったナーガが、急に顔を上げ、一歩前へ進み出た。

「お妃様に何かあったのであれば、私も参ります」

「ナーガ」

 長のたしなめる声にも首を横に振り、それまでのどこか弱々しい印象を一変させ、毅然とした態度を取る。背筋をしゃんと伸ばし、閉じた目は雄弁に、己の責務を果たさせよという意志を伝えてくる。

「後宮でお妃様を支えるように、私を呼んだのでしょう。ならばどうぞ、お連れください」

 面白い。

 シルヴェステルは薄く笑った。この我の強さは、ベリルにも通じるところがあると感じた。彼らは二人とも、この自分を畏れることも、侮ることもない。ただ、あるがままのシルヴェステルという存在を受け止め、反応してくる。

 シルヴェステルは長い髪を翻した。

「わかった。ついてこい」

 カミーユを先頭に、四人は後宮へと急ぐ。連れてきた手前、ナーガが問題を起こさないように、神官長は自分が見張らなければならないと思ったのだろう。シルヴェステルは何も言わなかった。

「ベリル!」

 一室しか使われていない部屋の扉を、ノックなしにいきなり開けた。ベリルは落ち着かない様子で室内を歩き回っていたようだが、シルヴェステルの顔を見ると、ホッとした笑顔を見せた。

「陛下。ちょっと困ったことになりまして」

 指さしたベリルに従い、衣装部屋を覗いて、シルヴェステルは絶句した。驚愕ののち、すぐに怒りが沸騰する。

「なんだ、これは!」

 衣装部屋の中央には、明日の夜会でベリルが着用する予定だった衣装が飾ってあった。届いた日には、二人で眺めて微笑みあったのも、それほど前のことではない。

 銀糸で縁取られた豪華な衣装は、様変わりしていた。泥で汚され、ハサミで引き裂かれていた。一目で修復不能だとわかる有様に、シルヴェステルは激昂する。

「カミーユ! 犯人を直ちに見つけ出せ! 私の前に連れてこい! この服と同じようにしてやる!」

 残虐な刑罰をこの手で与えようと拳を握りしめたシルヴェステルを、ベリルは「陛下!」と鋭く叫び、制止した。

「そんなことをしている場合ではないでしょう! 今は、代わりの衣装をどうするのかを、議論するべきです!」

 我を忘れていたシルヴェステルは、正気を取り戻した。怒りに飲まれた自分とは違い、ベリルが困っていたのは、明日の夜会をどう乗り切るべきかという現実的な問題であった。一気に頭を冷やしたシルヴェステルは謝罪する。

「今からテーラーに新しく作らせる時間はない」

 女性のドレスに比べれば短い時間で済んだが、それでも優に一ヶ月はかかるのだ。かといって、手持ちの服でどうにかするには、普段着が過ぎる。夜会にふさわしくない衣装では、ベリルの地位が下に見られてしまう。

「衣装を貸してくれる店などは?」

「いや、竜人族相手の商売だ。ベリルには合わない」

 どうしたものかと案を出し合っていると、「あの」と声をかけられた。ナーガである。彼はいつの間にか割り当てられた客間へと戻り、荷物を入れた袋を持ってきていた。

「こちらをフリルや刺繍で飾りつけるのは、いかがでしょうか」

 袋から取り出したのは、新品のローブであった。簡素で機能的な紺の衣服は、神官の正装である。明日の夜会で自身が着るために持参したのだろう。もともとゆったりと作られた衣装なので、体型に関わらず着られるようになっている。装飾を施し、腰をベルトで締めれば、なんとなく格好もつきそうだ。

 ベリルは初対面のナーガの提案に感謝するよりもまず、心配をする。

「それじゃあ、あなたは何を着るんですか?」

 優しく賢い主人に、ナーガは微笑みを浮かべ、首を横に振った。

「私は、あなたに仕えるために神殿から参りました。ですからどうぞ、お役立てください」

 差し出されたローブを受け取らぬ限り、ナーガは引かない。ベリルが戸惑いの視線で見上げてくるので、シルヴェステルは代わりにローブを引き取った。

「お前の献身、よく覚えておく」

 一言告げると、彼は深く一礼した。

 シルヴェステルはカミーユに向き直り、素早く指示を出す。

「遊んでいる暇はないぞ。刺繍の得意な者を連れて参れ! 特別な報酬を約束する」

 そして徹夜でできあがった衣装は、突貫で作られたものとは思えない出来映えであった。白地よりも、夜空にきらめく星のように、銀糸の刺繍が映える。試着したベリルの清楚さを引き立て、かっちりとしたジャケットを嫌う彼自身も、「これなら楽ですね」と嬉しそうだ。怪我の功名といえなくもない。

 慌ただしい時間はすぐに過ぎ、やがて日が沈み、夜会が始まる。

16話

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