断頭台の友よ(33)

スポンサーリンク
十字架 ライト文芸

<<はじめから読む!

32話

「どうした。今にも自殺しそうな顔だな」

 オズヴァルトは軽い気持ちで口にしたのだろう。口にしたその瞬間には、クレマンの顔を見ておらず、ブリジットが焼いた菓子に手を伸ばしていたのだから。焼き菓子を口いっぱいに頬張り、ようやくクレマンの顔を見てぎょっとする。幽霊を見た、どころか幽霊そのもののように青い顔をしている自覚のあるクレマンは、多少なりとも険を消そうと眉間を揉み解した。

「悩みがあるなら、俺のことを頼ってくれよ」

 真摯な目で心配してくれるオズヴァルトには悪いが、クレマンは首を横に振った。悩みの種など、ひとつしかない。自分が知ってしまった真実を、彼に告げるかどうか。本人に相談するなど、もってのほかであった。

「クレマン!」

「心配しないでくれ。それよりも、聞き込みはうまくいったのかい?」

 話を逸らしたクレマンに、オズヴァルトはわかりやすく不貞腐れた。普段は自信に裏打ちされた佇まいで、大人びた風貌の青年だが、自分に見せる表情や仕草は、時たま幼い。だからこそ、完璧な彼の隣にいても負い目を感じることがないのだとクレマンは思っている。

「カルノー夫人は……ちょっと厳しいな。そうだ、君。今度彼女のところに一緒に行かないか?」

 負けず嫌いのオズヴァルトが、少し弱気になっている。それほどまでに、マノン・カルノーは手ごわい女なのか。こう言ってはなんだが、美男子であるオズヴァルトが、少し気のある素振りを見せれば、落ちない女はいないだろうに。

「行かないか、じゃなくて、ぜひとも付き合ってくれ、の間違いじゃないか?」

 憂鬱な顔で日々を過ごす自分を見て、気分転換のつもりで誘ってくれているのかもしれないが、あいにくクレマンは暇ではない。「陛下を嘲笑う首斬り鬼の正体を解き明かしたい」とこっそり書状を送った成果もあり、ここのところは刑の執行は減っているが、囚人が減っているわけではない。軽微な犯罪者であれば、クレマンではなく高等法院の刑務官の中でも、何人かいるとりわけ嗜虐的な人間が、交代で鞭打ち百回は行うだろうが、囚人を殺すとなれば、別の話である。

 彼らは、自分は狂気の持ち主ではないと思っている。なぜなら、執行人が別にいるから。殺しさえしなければ、犯罪者には何をしてもいいと思っている連中の方こそ、クレマンは狂っていると思う。

「それに、僕は聞き込みには向かない」

「ああ、そこは期待してないよ」

 はっきり言われると、少々傷つく。無言のクレマンに、オズヴァルトは苦笑する。

「実は、夫人が最近、塞ぎがちでね。そのせいで突っ込んだところまで話が聞けていないんだ」

 クレマンを連れていきたい理由は、本職の捜査官による事情聴取をさせたいわけではなく、医者が必要だということらしい。処刑人と捜査官と医師、ひとつしか選べないのならばどれを選ぶかと言われれば、間違いなく医者である自分を選択するクレマンは、二つ返事で了承した。

34話

ランキング参加中!
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村 小説ブログ 小説家志望へ
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説家志望へ



コメント

タイトルとURLをコピーしました