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<78話
石けんもできあがり、スペースのレイアウトも決まった。配布レシピの印刷もOK。いよいよ文化祭当日となった。
結局、呉井さんの家に行けたのは、最初で最後だった。静香さんに写真の少女のことを聞きたかったが、こればかりは仕方がない。俺が一人で訪ねるのは憚られるし、呉井さんにお願いして連れて行ってもらうのは、勘づかれる恐れがある。
もう尋ねる相手は、仙川と瑞樹先輩しかいなかった。ただ、今まで頑なに呉井さんについての情報を教えてくれなかった彼らに、今更聞いても教えてくれるかどうか。それでもやってみなければわからない。
呉井さん本人に聞く? 合宿中のあの反応からいって、彼女が一番、何も話してはくれないだろう。
根拠はないけれど、タイムリミットが近い。そんな気がする。
呉井さんは学級委員として、忙しく働いていた。クラスの方ではたこ焼きの屋台を出していて、彼女は俺たちの当番時間がなるべく重ならず、研究会の展示販売の方に人員を回せるように、気を配ってくれていた。
一日目は問題なく終わった。教室には鍵がかけられるので、貴重品以外はそのままにしておく。カービングソープは素人仕事なので、あまり売れていない。売上金を間違う可能性が少なくていいけど、とは柏木の負け惜しみだった。明らかにがっかりしている。
「それでも買ってもらえたのは、柏木が作ったのばかりじゃないか。練習すれば、もっと上手くなるに決まってる」
山本が柏木を慰めているのが、新鮮に映った。勉強ばかりの秀才くんと中身はオタク、見た目はギャルは、彼女の見た目から山本が敬遠している向きもあった。が、目の前の光景を見ていると、そうとは思えない。なんだかいい雰囲気な気がして、俺は呉井さんの横顔を見た。
凛とした表情だが、やや疲れが見える。当たり前だ。たこ焼きを焼くことはさすがになかったが、彼女の美貌は一般客に対する最高の宣伝で、交代時間になっても、なかなか解放されなかった。
「呉井さん、今日忙しかっただろ? 座って休んでてよ。あと、俺たちがやるから」
「そう、ですわね……ありがとうございます」
大丈夫だと強がることなく、呉井さんは素直に礼を言って、椅子に腰かけた。ふぅ、と吐き出された溜息にも、彼女の負担が大きかったことが窺える。
基本的に文化祭は、実行委員が中心となって行うのだが、イマイチあてにならないというか、頼りない。結果として呉井さんに仕事が集中してしまう。俺は帰宅したら、実行委員の奴にメッセージを送ることを決意した。あまり呉井さんばかりに負担をかけるな、と忠告しなければ。
他の部活の人間も交えての掃除や、落下した装飾の補修はすぐに終了した。明日も早いので、帰ろうか。そう話していたとき、扉が開いた。
>80話
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