理(10)

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この章のはじめから

9話

 いよいよ「会いたい」と父が手紙で切り出した。母にばれないように、待ち合わせ場所と時間を指定していた。

 きっちりと手紙を折り直した。少女からのものは複雑な形に折られていたので、不器用な理は、悪戦苦闘したが、どうにか元に戻すことができた。

 父も彼女も、理が手紙を盗み見していることを、疑ってすらいなかった。

 母は夜勤で病院。文也には、「友達の家で晩ごはんをごちそうになることになった」と嘘をついて、理は先回りして、二人の待ち合わせ場所に向かった。

 先に来たのは女子高生の方で、鏡で念入りに髪型やメイクをチェックしていた。そこに父が、声をかけた。

 人気のない場所だった。少女は父に肩を叩かれ、嬉しそうに微笑んで振り返った後に、悲鳴を上げた。

 当然だ。同じ男子高校生の文也を想定していたにも関わらず、親しげな様子で話しかけてきたのが、中年男性だったのだから。

 痴漢に遭ったときのように叫ぶ彼女の口を、父は塞いだ。父からすれば、甘いやり取りを何度も交わした間柄だから、拒絶される意味がわからない。

 目の前で修羅場が繰り広げられているのを、理は妙な興奮をもって、見つめていた。

 きっかけは、なんだっただろう。確か、少女が父に、ひどい言葉を浴びせかけたことだったような気がする。

 普段は白い父の顔が、酒を飲んだときよりも赤くなり、ところどころ黒くも見える。あっ、と思った瞬間、父は少女のか細い首を、締め上げていた。

 ――お前が。お前がお前がお前が! 誘ったんだろうが……

 呻き声とともに吐き出される呪いの言葉を、理の語彙では把握しきれなかった。だから覚えていないが、少女に負けず劣らず、父も彼女を侮辱する言葉を使っていたいう印象だけ残っている。

 苦しそうな表情を浮かべていた少女だったが、ボキ、という硬い音がしてから、すっかり大人しくなった。

 死んだ。死んでしまった。父が、殺した。

 理は呆然と、殺人者と死体を観察した。

 首を絞めればいつかは死ぬことはわかっていたが、息ができなくなるよりも先に、首の骨が折れても人は死ぬのだということを、初めて知った。

 父も呆然としていたが、理が意を決して姿を現すと、青い顔をこちらに向け、口をパクパクさせた。

 ――殺したの?

 高い子供の声で、理はできるだけ、無邪気に聞こえるように言った。父の身体は崩れ落ち、ああああああ、と言葉にならない声だけを発する。

 ――僕もお母さんもお兄ちゃんも、殺人犯の家族になるの? 

 ――やだなぁ。殺人犯のお父さんなんて、いらない。

 しつこく何度も言い続けると、父は放心して、すっくと立ちあがった。少女の死体をずるずると引きずると、ここまで乗ってきた車に乗り込む。

 理が見た、父の最後の姿であった。

 その後警察の捜査で、車はあの有名な、富士の樹海の近辺に放置されていたのが発見されたという。

 同じマンションに住む男と女子高生が、同時期に失踪した。世間の目は、理たち家族に冷たかった。

 母はそそくさと実家に逃げ帰り、弁護士を通して父不在のまま籍を抜き、理たちは浅倉を名乗るようになり、転校した。三学期という、中途半端な転校生になった。

 文也に言い寄る女子高生といっしょに、文也を愛してやまない父親を消すことができたことは、理にとっては自信になった。

 やはり、文也を愛し、彼のことを想い続けられるのは自分しかいない。

 その後も理は、文也に恋人ができそうになる度に、秘密裏に邪魔をし続けた。文也が東京の大学に進学してしまったため、理がとったのは、インターネットを駆使する方法であた。

 母は理に甘く、早いうちから携帯電話やパソコンを買い与えていた。SNSの隆盛は、理にとって、歓迎すべき事態であった。

 そうやって文也のことを守り続けていたのに、酔った勢いの過ちというだけで、婚約者になろうとしている夏織のことが、心底憎い。

 理が直接、その死に触れたのは最初だけだ。だが、炎上させた相手が自殺したこともあるらしいと、風の噂で聞いていた。

 夏織にも、そのくらいの繊細さがあればいいのに、と理はうそぶいた。

11話

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