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<24話
翌朝、退院した俊が、高山の車に乗って迎えに来た。高山とは旧知の仲だったポチは彼に熱烈歓迎の挨拶を終えると、今度は初対面の俊に狙いを定めた。
コーディネーターである笹川の家にいたヒューマン・アニマルの存在に、固まってしまっている。そんな状態の俊に対してポチは「はじめまして!」とハグをした。
「ポチ、そのくらいにしておけ」
「はぁい」
笹川の声に反応して、渋々ポチは身体を離す。目は好奇心できらきらと光った状態で、俊を見つめている。俊は目を白黒させているが、「……はじめまして」と小さな声で挨拶をした。
「ウサオのおともだち?」
「ああ、そうだよ」
「おれとも、おともだちなってくれる?」
興奮した様子のポチに対して、俊は若干引きながらも、「ああ」と頷いた。やったやった! と部屋の中を走り回るポチに、俊は「どういうこと……」と呟いた。ウサオはそんな彼の肩を叩いて、「家に帰ったら説明するよ」と言った。
「俺たちの家に、さ」
ここは笹川とポチの(おそらくは)愛の巣だ。俺たち、という響きに俊は一瞬照れたような表情を浮かべたが、すぐに大きく頷いて微笑んだ。
男に襲われた後遺症が心配されたが、二、三日もすればウサオは俊に触れられることも平気になり、いつもどおりの日常へと戻っていった。俊が勉強している間、ウサオは本を読んだり、映画を見たり、あるいは新作メニューに挑戦していた。
ただひとつ変わってしまったたことといえば、真夜中の散歩の習慣がなくなってしまったことだ。
ストレスも溜まるだろうし、一人ではなくて自分と一緒だから危険なことはないと俊は説得を試みたのだが、ウサオは頑として首を縦には降らなかった。曰く、
「一緒にいて、ウサギ男だってばれて、また襲われたら……前回は運がよかっただけだろ。俊だって一緒に、その、やられちまうかもしれないし」
と、ウサオに言われてしまっては、腕力で彼に劣る俊としては黙るしかない。この間のは本当に、運がよかったのと、高山や笹川、それから藤堂がいたからこそどうにかなったのだ。俊一人では、ウサオを助け出すことはできなかったに違いない。
こんな風に笑って生活できているのも、ラッキーだったからだ。あそこで助けることができずにウサオがれいぷされていたとしたら、ウサオは笑顔ではいられず、病院に舞い戻って、二度と会えなくなっていたかもしれない。ぞっとする。
外への散歩に行けなくなったウサオを心配して、笹川は頻繁にやって来る。どうした心境の変化なのかは知らないが、笹川はポチの存在を隠さなくなり、連れ歩くようになったのだ。
ピンポン、というチャイムの音に俊が反応するよりも先に、ウサオが動く。
ウサオが扉を開けると、ものすごい勢いで飛びついてくるポチ、というのが常であったのだが、今日は違った。両腕を広げて待ち構えていたウサオは予想が外れて、「あれ?」という顔をしている。
「こんにちは」
「あ、うん、こんにちは」
いつもならハグ&キスの嵐で笹川が「やめろ」となだめるまでウサオたちをよだれだらけにするポチが、行儀よく挨拶をするので、ぎこちない挨拶を返してしまった。ウサオと俊は目を見合わせる。
「俊と、ウサオに、おみやげです」
ポチは持っていたケーキの箱を俊に手渡した。どういうことだ、と笹川を見つめると、彼は愛おしいものに触れるようにポチの頭を撫でる。
「まぁこいつも、いつまでも馬鹿なままじゃないってことさ」
「むぅ。浩輔いっつもおれのこと馬鹿犬扱いするよね! おれ、もう馬鹿じゃないもんっ!」
頬を膨らませているポチは、なるほど言動が大人びていた。この間まで五歳の子供だったのが、急に成長した。
とはいえまだ小学生レベルだが、と笹川は言う。二人が持ってきたケーキを見て「おれ、これ! ぜったいこれ!」とチョコレートケーキを選んで譲らない様子に、「だろう?」と笹川は肩を竦めた。
ケーキに舌鼓を打った後は、ポチと思い切り遊ぶ。遊び方も大人になってしまったらしく、テレビゲーム機を持参して、俊の家のテレビにつないで遊び始めたので、それまでぎゅうぎゅうと抱き合って遊んでいたウサオは少し寂しそうだった。
だがそれも一瞬のことで、元来負けず嫌いらしいウサオは初心者ながらポチ相手にも全力で戦い、すぐにコツを掴んでぎったぎたにのしていた。
「ウサオひどいよ!」
「ひどくない! ルールは破ってない!」
「ウサオおとなでしょ!?」
ぎゃあぎゃあ騒いでいる二人を見ながら、俊は笹川にコーヒーを出した。
「すまんな」
「いいえ。こちらこそ、遊びに来ていただいてありがとうございます」
本来ならばウサオと俊が笹川の家に行くのが約束だったはずなのだが、ウサオはどうしても外に出られなかったのだ。たまたま心境の変化があって笹川がポチを連れて出歩くことが可能になったからいいものの、あのままであったら、二度とポチとウサオは再会することはなかっただろう。
そう思うと、今二人が目の前で騒ぎまくっているのも奇跡のようなもので、微笑ましくなってくる。
「こら。そろそろ静かにしないと、三船がこの部屋を追い出されるだろう? そうしたらウサオも行くところなくなるぞ」
笹川の脅し文句は効果てきめんだった。ぴったりと大声を出すのをやめた二人は、大きな体躯と長さや質感は違えど、茶色い垂れた耳――ポチはゴールデン・レトリーバーのヒューマン・アニマルだ――も相まって、本当の兄弟のように見えた。口に指を当てて「しぃっ」としているポチの方がもしかしたら、兄なのかもしれない。俊はふとそう思った。
そうやって大人しくしていたポチが、不意に「あっ」と声を上げた。
「ポチ?」
笹川に声をかけられて、はっとして口を押えたポチだったが、いいから、と言われておずおずと控えめな声で「窓の外!」と嬉々として指を指した。
ポチの指した窓の外を見ると、ちらちらと白いものが降っていた。雪だ。初雪だった。
「積もるかなぁ……」
「うーん……積もったらいいな」
「うんっ。積もったらウサオ、一緒に雪だるま作ろうね!」
ウサオは微笑んで頷いた。この街では雪が滅多に積もることがないということを知っているから、ポチの願いは叶わない。けれどそれを言わないのがウサオの優しさだ。
>26話
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