迷子のウサギ?(26)

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25話

 雪といえば、と笹川が話を切り出す。

「もうすぐ今年も終わるわけだが……」

 途端にウサオがしゅん、と肩を落とした。未だに記憶が戻らない自分自身をふがいないと思ったのだろう。

「三船は実家には帰らないのか?」

 俊が大学入学まで暮らしていた街には、新幹線に乗らなければならない。ウサオは不安そうにこちらをちらちらと見ていることに気がついた。

「現状、帰省の予定はないですね」

 帰ってこいという要請は来ているが黙殺している状態だ。新幹線の切符は今頃探しても指定席は取れないし、自由席で気が狂いそうなほどの混雑の中帰るのは嫌だ。

「まぁ、のんびりとウサオと雑煮でも食べて寝正月ですかね」

 なぁ、ウサオ? 

 俊が話を向けてやると、ウサオはうさ耳をぴょん、と跳ね上げて笑顔になった。

「ああ。すっげー美味いの作るからな!」

 ウサオが最近、おせち料理のレシピをこそこそと検索しているのを知っている俊は、明日本屋でおせちの作り方の本を買ってこようと決意した。

「ねぇウサオー」

「どうした、ポチ?」

 服の裾を遠慮がちに引っ張って甘えた声を上げたポチに、ウサオは笑顔で振り返った。俊に対してはあんなメロメロな笑顔にはならない。本当に可愛くて可愛くて仕方がないのだな、と俊は思った。

「おせちの前に、クリスマスだよ! クリスマス! ホワイトクリスマス! ロマンチック!」

 どこから学ぶのか、おそらくはテレビだろうがポチは窓の外にちらつく雪をうっとりと見ながらポチはクリスマスソングを口ずさんだ。

「クリスマスはいかが過ごされるんですか?」

 俊の問いに笹川は「どう、とは?」と片眉を跳ね上げた。別に機嫌が悪いということでもなさそうなので、俊はかねてから考えていたことを口にした。

「ここで俺たちとクリスマスパーティーでもしませんか? ウサオ、ケーキ焼く練習してますから、たぶんポチくんも気に入ると思いますよ」

 ケーキ、の単語にポチの鼻がひくんひくんと動く。ウサオに向かってきらきらと目を輝かせて「ケーキ? ウサオ、ケーキ作れるの? すごい!」とはしゃいだ。

「どうですか? ポチくんは乗り気みたいですけど」

「だめだよ、俊。だめ」

 否を出したのは笹川ではなく、ウサオだった。

「笹川さんに出せるようなクオリティにはなんねぇもん。だーめ」

「えっ、浩輔はだめでもおれは? おれもだめ?」

「んー。ポチもなぁ……こんな美味いケーキばっかり食ってるんだもん、舌肥えてるからなぁ」

「そんなぁ……」

 しょげているポチの背中を優しく叩いて、ウサオは「いつかめちゃくちゃ上手にできたら必ず食べてもらうから、それを待っててくれよ」と慰めた。

 俊は笹川の方を見る。彼は、ふ、と優しい目を向けていた。最初はポチに対してだと思った。けれどその視線をよくよく追いかけてみると、ウサオに対してその目は向けられていた。

 なんとなく、嫌だと思った。どうして笹川が、そんな目でウサオのことを見るのか。なまじ顔がきれいに整っているものだから、ウサオが笹川の視線に気がついたら、あれで意外とピュアなウサオのことだから、真っ赤になってしまうだろうに。

「笹川さんは、どうなんですか」

 自然と詰問の声が硬いものになった。笹川はいつも通りの氷のような美貌を貼りつかせた表情に戻って、「そうだな。俺たちとしても、クリスマスはすでに予定があるから今回は辞退させてもらおう」と言った。

 初耳だったらしいポチは「予定? クリスマスの予定って何?」とウサオの元を離れて笹川に縋りついてきゃんきゃんと吠えたてる。

「うるさいぞ。帰ったら教えてやる」

 笹川はポチを片手で、顔を見ずにわしゃわしゃと撫でる。そうするとポチの目がとろん、としてきて何を聞いていたのか忘れてしまうあたり、まだまだポチは子供である。

 それからポチとウサオはプレゼント交換をすることを指切りして、笹川たちは帰途についた。

 皿やカップを洗い始めたウサオに対して、俊は少しの不信感を持って、「なんであんなこと言ったんだ?」と問いかけた。

「あんなことって?」

「クリスマスパーティーの話。あれじゃ、笹川さんたちに来てほしくないみたいに聞こえるだろう?」

「だって、クリスマスなんだから二人きりで過ごしたいじゃないか」

 え、と俊は動きを止める。誰と誰が二人きりがいいっていうんだ、と目を見開いたままでウサオのことを見ていると、「あ、違う違う」とウサオは笑って手を横に振った。

「笹川さんと、ポチだよ」

「あの二人が?」

 ウサオほどの深い付き合いではないし、大した話も聞いていないが、ポチは笹川が不可抗力で引き取ったヒューマン・アニマルで、いわば(言葉は悪いが)ペットのようなものだと聞き及んでいた。世話をするのが面倒になると、この家にやってきてウサオに世話を押し付けて、自分は優雅にコーヒーを飲んでいるのかと思った。勿論そこに、同居人・ペットに対しての愛はあるのだとは思うが。

「俊って鈍くね?」

 むっとした。鈍いなんて、生まれてこの方言われたことなんてなかった。どちらかといえばそれはそっちの方だろう、と口を開こうとしたところで、ウサオは手を拭きながら、「あの二人、恋人同士じゃん。どう見ても」と言った。

「……え?」

「見てわかるだろ? ラブラブじゃん。笹川さん、めちゃくちゃ優しい目でポチのこと見てたろ。あのひとがあんな目するなんて、恋人に対してに決まってんだろ」

 わかるはずがない。笹川が見ていたのは、ウサオじゃなかったのか。そう言うと、ウサオは一瞬目を見開いて、「うそ。ないない」と一笑に付した。けれど俊は確かに見たのだ。はにかむような、こらえきれない笑みを浮かべてウサオのことを見ている笹川を。

 そう強く主張すると、ウサオは「そんなことないと思うけどなぁ……」と首を捻った。

「ウサオがパーティーのこと断っているとき、すっごい優しい顔でお前のこと見てた」

「うーん……たぶんそれは、俺の気遣いが嬉しかったか、照れくさかったかどっちかだろ。そのうち聞いてみろよ。たぶん、そうだから」

 俊はいまいち納得できていないが、ウサオはもうこの話はやめやめ、と背伸びをして気持ちを切り替えに入った。

「それにしてもほんと、笹川さんの持ってきてくれたケーキ、美味かったよなぁ。ああいうクリームって作るの大変なんだろな。バニラエッセンスっていうか、バニラの木? ああいうの必要なんだろうなぁ~」

 普通の店に売ってる材料であの味再現するには何が必要なんだろうな、とウサオは真剣に悩み始める。お菓子作りは苦手だと言っていたが、何度か練習をするうちにすっかり目覚めてしまった。甘いものは好きでも嫌いでもない俊としては、あまり作りすぎるのも困りものだが、クリスマスシーズンだから仕方がないと諦めてもいる。

「今日も焼くぞ!」

「……俺もう食えないぞ……」

「いいよ、俺ひとりで食べるし」

「太るぞ」

 うっ、とウサオが詰まる。夜中に自分の試作したケーキを食べて、ちょっとぷにぷにしてきたことに対して自覚はあるらしい。

「うう……筋トレ増やそ……」

「作るのは辞めないんだな」

「クリスマス終わるまではな……」

 力なく笑ったウサオは、いつもどおりだった。

27話

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