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<30話
その事件以来、幹也は雪彦のことをあからさまに避け始めた。正しい距離感の友人同士ではなかったせいか、さりげなさを装うということをできない。
大学で会ったときも「今日行っていいか?」と尋ねると、困った顔をして首を傾げる。極めつきは、かぶっている講義に姿を現さなくなったことだった。
雪彦は教室で幹也の姿を探した。いないと理解したときには、もう粗方座席は埋まっていた。スマホを開いて「今日休みか?」と送ってみるが、既読すらつかなかった。
担当教授にまで、「今日は葛葉くんは休みかい?」と言われてしまった。教授たちの間でも、雪彦と幹也はすっかりセット扱いだ。
雪彦は曖昧に笑って頷いた。体調不良ではないことはわかっている。雪彦がいるから、欠席したに決まっている。
いつも以上に丁寧にノートをまとめた。わからないことは教授に質問して、自分なりの完璧を目指した。ノートを渡したときに、彼の喜ぶ顔が見たかった。
二人が一緒にいるのが当たり前の光景になりすぎて、夏休み前のグループ発表のために集まったクラスメイトからも、「柳、葛葉と何かあったのか?」と心配される始末である。
何かあったといえば、最初から「何か」しかなかった。純粋な友情で繋がったわけではない。インパクトの強い出会いはたったの三か月弱で忘れ去られたようだ。自分で蒸し返すのも野暮な話で、雪彦は「別に」と言うしかなかった。
厄介だったのは、幹也が隣からいなくなった途端、四月の一ヶ月だけ付き合った連中が、雪彦を再び取り込もうと接近してきたことだった。どうやら前期試験が近づいてきて、これまでサボりにサボったつけが回ってきたらしい。彼らの繋がりは皆が似た者同士だった。要するに、誰も真面目に講義など出席していなかった。焦るだけ彼らはマシな方だ。
テストをどうしよう、と思い出したのが雪彦だった。女寄せになるだろうと、気まぐれで一時期グループに入れていた男。彼らの狙いは明らかで、幹也のノートが目当てだろう。
雪彦ならまだ取り入ることができるだろう。だって「友人」なのだから。
男たちはそう思っている。これからの大学生活を改めようという意志はまったく感じられなかった。雪彦は話半分で彼らの訴えを聞いた。
「な? ほら、俺たちと一緒にいたらまた、可愛い女とヤれるチャンス来るしさあ」
「葛葉なんかと一緒にいたら、女っ気ないだろ」
女とヤれるヤれない関係なく、今までの雪彦であれば、流されていただろう。一匹オオカミを気取っていそうな外見に反して、寂しがり屋だから。ヤンキーが集まってきたら、彼らの望むヤンキー像に染まり、派手な医者の息子たちに絡まれれば、彼らに見捨てられるのが嫌で、自分の意見を主張せず、合わせてしまう。そんな駄目な男だった。
けれど、今は違う。
幹也が教えてくれた。自分のためにならない人間関係など、切ってしまってかまわない。最初は怖いかもしれないけれど、どうってことはない。
「悪いけど」
たった一言で切り捨てて、雪彦はその場を立ち去った。断られるとは思っていなかったのだろう。虚を突かれて一瞬沈黙した男たちは、ぎゃあぎゃあと雪彦の背中に非難をぶつけた。
「そんなにあいつがいいのかよ、ホモ!」
大声で罵られたが、振り返ることはしない。ホモでもなんでも構いやしない。幹也の素顔を知るにつれ、惹かれたのは事実だ。
スマートフォンを確認すると、次の講義の突然の休講連絡が回ってきていた。元友人たちから逃げながら、講義棟に向かっていた雪彦は拍子抜けして、図書館へ方向転換した。英語の予習でもして、時間を潰すことにする。
>32話
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