恋愛詐欺師は愛を知らない(3)

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服 BL

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2話

「そう、まるでゴキブリみたいな男よ……!」

「姉ちゃん姉ちゃん。それ、たとえがさすがに悪すぎる」

 同じ男として、その相手に多少同情した。

 佐伯さえき遼佑、と自己紹介した男は、顔だけの男だった。人を見る目は確かな姉曰く、「頭の中身はすっからかんで、いかに女を落として美味しくいただくかしか考えていない」、そういう人種だ。

 困り顔で柔らかく拒絶の意を示す静に対して、遼佑は「いいじゃん」「固いこと言わずにさ」「可愛いね」を連呼した。

「知能指数が低すぎて、頭痛がしたわ」

 こうなってしまうと、姉の被っている猫は、逆効果にしかならない。自身のお嬢様のイメージを崩すことができないのだ。素の状態であれば、上品な口調で罵るという器用なことをやってのける静だが、猫かぶり状態では不可能だった。

「で、結局どうしたのさ」

「デートすることになったわ」

 静がそこまで押し切られるとは珍しい。そんな芸当をやってのけた男に、薫は興味を引かれた。

「度胸あるじゃん。どんな奴?」

 簡単な説明を求めただけだったのだが、溜息混じりに姉は、爆弾発言を落とした。

「ああ、そろそろ電話かかってくるわよ。あんたの番号、教えておいたから」

「……へ?」

「だから、あまりにもしつこいから、デートもあんたに行ってもらおうかと思って。どうせ暇でしょ? お小遣いあげるから、行ってよ」

 薫と静は幼い頃、双子の姉妹のようだと言われていた。アーモンド形のぱっちりとした目に、小さな唇は天使のようだとさえ形容された。そして悲しいことに、薫は成長しても、さほど男らしくならず、美少女然としているのである。

 よって、メイク次第で瓜二つに顔を作ることも可能だ。しかし、さすがに脚を切ることはできない。静と薫は十センチの身長差がある。

「そんなの、ぺたんこ靴履けばいくらでも調整できるわよ」

 事もなげに、姉は言い放った。

「や、会ったことない相手だったら騙せると思うけど……今日会った相手でしょ? さすがに無理なんじゃ……」

 どうにかして断ろうとあれこれ思考を巡らせていると、充電したままのスマートフォンが、着信を告げた。

「ほら、噂をすれば、よ」

 見知らぬ携帯番号からだった。早く出なさいよ、と静は顎で命令し、「疲れたからお風呂はーいろ」と言い残して、薫の部屋から出て行った。

 姉というのは、理不尽さの塊だ。男子校ゆえに、同級生たちからは、「美人の姉ちゃん、うらやましい」と言われるが、熨斗をつけて差し上げたいくらいだ。薫は静に、一度も勝てたためしがない。

 出ない、という選択肢はない。静は確認してくる。スマートフォンを手にして、しばらく待ってみる。このまま迷っていたら、諦めてはくれないだろうか。

 しかし、振動は止まない。そして、あの静を閉口させるほどのしつこい男ならば、一度切れたとしても、きっと何度もかけ直してくるに違いない。

 嫌な用事は早めに済ませるに限る、と薫は喉の調子を整えて、電話に出た。

「……はい」

 普段の声よりも高く作った女声は、姉のものと相違ない。薫の特技は、「声帯模写」だ。特に静の声は、幼い頃から何度も真似をしてきたので年季も入っている分、完璧に模倣できる。

 電話の相手も違和感を覚えることなく、「さっきの飲み会で一緒だった、佐伯です。椿山さんの電話で、大丈夫?」と話を続けた。

「ええ、はい……静、です」

 電話の向こうの声が、ぱっと明るくなった。

『よかった。合コンのときにあんまり乗り気じゃなさそうだったから、出てくれないかと思ってた』

 出たくなかったんですがね、こっちは。

 そう思ったが、言わなかった。姉に怒られる。彼女は、自分のイメージを勝手に崩されることを、何よりも嫌う。

 遼佑の話は、くだらないと切って捨てることができる類のものだった。静の言うとおり、頭がからっぽなのだろう。

 最初のうちは緊張して、丁寧に対応していた薫だったが、次第に飽きてきて、漫画の続きを読みながら生返事をしていた。「あら」とか「はぁ」という、便利な相槌を多用して、実際のところは何も聞いていなかった。

『それで、デートの日なんですけれど』

「そうなんですか~……って、は、え、ああ、はい! で、デートですね!」

 うっかり重要な話までも聞き流すところだった。遼佑は、薫の応対をおかしいと思う様子もなく、普通にデートの日取りを決めていく。

『静ちゃんの大学も、もう春休みなんだよね?』

「ええ、はい……」

 遼佑は、一方的にデートの日時と待ち合わせの場所を告げると、電話を切った。時計を見ると、四十分経過していたが、実のある話はなかった。ひとつも思い出せない。

 凝り固まった首や肩を、ぐるりと回して解していると、風呂から上がった姉がやってきた。

「どうだった?」

「一言で言うなら、強烈! って感じ」

「でしょ? もう最低よね!」

 静はナンパ野郎だの、イケメンだけど、なんかスケベっぽいのよね、だのと文句を並べ立てていたが、薫の見解とは少しずれている。

 女慣れをしているように見せかけて、その実、彼は女心なんかひとつもわかっちゃいない。相手への気遣いというものが、圧倒的に足りていない。 

 いきなりのなれなれしい態度もそうだ。それを喜ぶ女もいるだろうが、静のようなタイプは嫌がるだろうということを、彼はちっとも理解していない。

 静個人を見ておらず、「女」という一括りにしているだけだ。対人スキルとしては、最悪なレベルだ。これでどうやって女を落としてきたのだろうか。

4話

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