<<はじめから読む!
<7話
予想通り、彼女はカップを洗っていた。ついでにポットの水を入れ替えたりなど、なんともマメである。
「津村」
彼女は圭一郎の手にしたカップを見て、「惜しい。私もう、洗っちゃいました」と笑った。雑用をさせようと思ったわけじゃない。中身を捨てて、スポンジを取った圭一郎は、さっとマグカップを洗う。
「ちょっと相談があるんだけどさ。津村って、初めての相手とデート行くなら、どこに行きたい?」
「えっ」
津村は一歩下がった。心なしか顔が赤い。
もしかして、セクハラだと思われている?
焦った圭一郎は、「違う! お、弟が初めてのデートにはどこがいいかって聞いてきてだな。俺よりも若い子の意見の方が参考になると思って」と、肝心な部分をぼかしつつ、おおむね本当のことを言った。
「なんだ……そうだったんですね」
津村は肩の力を抜いた。セクハラ容疑は晴れたようで、圭一郎も安心する。
彼女はしっかり考えてくれて、「せっかくこの辺に住んでいるんだから」と、元町中華街散策を提案してくれた。弟がまだ学生だということも、考慮してのことらしい。
「テーマパークとか、チケット代だけじゃなくて飲食代も馬鹿にならないので、学生にはちょっと。それに、待ち時間も長いですから、初めてのデートには避けた方が無難ですよ」
中華街なら食べ歩きをしたところで、かかる費用はたかが知れている。周辺には雰囲気のある公園もあり、お金のかからないデートスポットに事欠かない。
高校時代の自分にも教えてやりたい気持ちで、圭一郎は真面目にメモを取った。何なら仕事のときよりも熱心に。
手帳に合わせて細かい字でメモを取る圭一郎を見て、津村はくすりと笑った。
「うん?」
「いえ。弟さんのことが、本当に大事なんですね」
もしも津村が彼女であれば、「そうなんだ! 本当にうちの和嵩はいい子なんだ!」と自慢話をするところだが、圭一郎はギリギリのところで、彼女が同僚で、今は就業時間中だということを思い出した。
>9話
コメント