百合子(3)

スポンサーリンク
みんな愛してるから

<<はじめから読む!

この章のはじめから

2話

 おやつを食べ、夕飯を食べ、それから夜食。購入した大量の食品を一日で食べきってしまったので、朝起きて歯を磨くと、吐き気が込み上げてきた。

 無理矢理身体に鞭をうち、百合子は出勤した。はぁ、どっこいしょ、と鞄をデスクに置いたところで、「百合子さん、ちょっと」と声をかけられた。

「浅倉、くん……」

 恋人がいるとわかっても、育ち切った恋心は止められなかった。

 いつもと違うきりりと引き結んだ凛々しい表情に、新たな一面を知ることができたのだと、百合子はつい喜んでしまう。

 しかし、人気のないところに呼び出されて、さすがの百合子にも、文也の用件に見当がついた。

 朝の資料室は、とても静かだ。陽光が窓から差し込み、世界を色づかせる。

 愛の告白だったならば、どれだけ理想的なシチュエーションであったことだろうか。

「渡辺さん」

 背を向けたままの文也が、苗字で百合子のことを呼んだ。その瞬間、百合子の目からは涙が溢れた。百合子と呼んでほしい。些細な我儘を、彼はもう、聞き入れる気がない。

 くるりと振り返った文也は、百合子の泣き顔を見て、表情を一度、曇らせた。だが、すぐに気を取り直して、毅然とした態度を取る。

「もうお分かりいただいていると思うんですが、僕と古河さんは、お付き合いをしています」

 鼻をわざと大きく啜って、泣いていることを強調した。可哀想だと思ってくれたらいいな。そう思ってのことであったが、残念ながら彼は、同情さえもしてくれない。

「結婚前提での話です」

 すべての道を塞がれて、百合子はわっと声を上げた。二人が別れたら、まだチャンスはある。百合子の淡い期待は、見事に打ち砕かれてしまった。

 結婚するのだと文也が宣言した以上、それは実現するのだ。浅倉文也は、そういう男だ。

 両手で顔を覆ってしくしくと泣いている百合子の頭の上に、文也の声が落ちてくる。もう少し、申し訳なさそうにしたらどうかと思うほどの、事務的な声だった。

「そういうわけなので、もう、渡辺さんとはお食事には行けません」

「……そう、そうよね」

「それから、夏織さんを虐めたり、傷つけたりしないでください。もし、そんなことをすれば……」

 文也が言葉を切ったので、百合子は顔を上げた。視界に入ってきたのは、文也ではない。そう感じた。

 浅倉文也は、美形でもなく、イケメンという呼称も似合わない。彼を表現する言葉は、人のよさを全面に押し出した「好青年」以外にはない。

 けれど、目の前の男はいったいどういうことだろう。見えない力で、百合子を圧倒する。

 少女漫画でも、正統はの王子様じゃなくて、不良っぽい魅力を振りまくタイプのヒーロー。普段とのギャップの効果もあり、百合子は思わず、文也に見惚れた。

「僕、あなたのことをどうするか、わかりませんよ?」

 最後にぞっとするくらいきれいな笑みを浮かべて、文也は先に、資料室を出て行った。置いて行かれた百合子は、どっと疲労感に襲われて、へなへなと床に膝をついた。

 胸の高鳴りは、今までよりも増していた。まさか、浅倉文也が、あんな顔を隠していただなんて。

 驚きと爆発する恋心に、百合子の涙はいつの間にか、引っ込んでいた。

4話

ランキング参加中!
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村 小説ブログ 小説家志望へ
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説家志望へ



コメント

タイトルとURLをコピーしました