断頭台の友よ(84)

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83話

兆候に気づいたのは、代々医師であろうとしてきたクレマンではなく、たまたま治療院にやってきた老女であった。

 彼女は診察室から出ても、待合室で同じ年頃の女性たちと喋っていた。実権を嫁に譲り、農作業も腰の痛みがひどくなるからと免除されている彼女たちは、とにかく暇なのだ。

 そこにブリジットがやってきて、「こんにちは」と挨拶をした。

 最初のうちは、クレマンの亡き母の代わりに、とばかりに品定めをしては、「愛想のない嫁をもらっちまったねえ」などと嘆いていた老女たちだったが、ブリジットが働き者で、表情を変えるのが苦手な性質なだけで、気立てはそう悪くないと知ると、にこやかに話しかけるようになった。孫息子のところにやってきた嫁、という感じなのだろう。

 そそくさと家の仕事に入ろうとしたブリジットを、老女は呼び止めた。しかし、何か話しがあるわけでもない。じろじろと顔を見て、許可なく頬に触れ、額で熱を確かめ、笑った。皺だらけの顔が、余計にくしゃくしゃになる。

「おめでとさん」

 何のことやらわからずに困惑するブリジットとは対照的に、老人たちはすぐに意味するところを理解して、きゃっきゃと喜び合った。若い娘のようにはしゃぐ輪に入れられたブリジットは、「どういうことですか?」と声を張る。

 その声を聞きとがめて、クレマンは「ブリジット? どうしたんだ、大声を出して」と、診察室から顔を出した。くすくすこそこそと、自分たちだけわかっているという顔をしている老女たちに、「うちの妻がどうかしましたか?」と聞くと、代表の一番年かさの女が、クレマンの背中を思いきり叩いた。

 この婆さん、確か七十近いんじゃなかったか?

 もうすぐお迎えが来る来ると、二十年前からずっと騒いでいる。骨を直接皮膚が覆っているような腕だとは、到底思えない強さだったので、クレマンは呻き声をあげた。

「おめでとう、坊ちゃん。あんた、とうとうお父さんだよ!」

 一瞬の空白の後に襲ってきた感情について、クレマンは表現ができない。ブリジットの薄い腹を見て、恐る恐る触れる。胎動が感じられるようになるのは、数ヶ月待たなければならない。今はまだ、ほっそりとした妻を、クレマンは衆人環視の中だというのを忘れ、引き寄せた。

 医師は出産に関わらない。出血が多ければ、縫うために力を貸すが、基本的には女の領域である。老女は産婆ではないが、自身も五人の子を産み、今は孫が十三人もいる、大家族の頂点に立つ女だ。経験から、ブリジットの妊娠について太鼓判を押した。

 言われてみれば、と、ブリジットは月のものが遅れていると話した。ますます可能性は高まって、早めに産婆のところに行くように言われる。

「ありがとう、ブリジット」

「あなた・・・・・・」

 新しく宿った命は、ただ嬉しいだけじゃない。けれど、将来を悲観していた頃と違い、恐ろしく思うばかりでもない。この子が生まれ、大きくなる頃には、もっとしっかりした人間になっていなければならないと考えると、自然と身が引き締まった。

85話

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