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<19話
しかし今日は、いやに触れている時間が長い。文句を言ってやろうとして、圭一郎は和嵩の肩を押して抵抗の意を示す。少し離れた隙に、口を開きかけた。
「!」
隙ができるのを待っていたのは、圭一郎ではなくて、和嵩だった。圭一郎の上半身をベッドに押し倒しながら、唇の隙間に舌を挿し込んでくる。驚きに動きを止めてしまたのは、悪手だった。
圭一郎の舌は和嵩の口の中に引きずり込まれ、吸われ、噛みつかれ、蹂躙される。暴力衝動に似た熱に負けそうになりながら、圭一郎はようやく抵抗することを思い出し、もがいた。
こんなキスは、ダメだ。たとえ練習であったとしても、深いところで繋がろうとする口づけは、愛する人としか、しちゃいけない。
そんな当たり前のことすらわからない和嵩に、無性に腹が立った。初心者ゆえに、呼吸が苦しくなったのか、早々と和嵩が口を離した。これ以上の狼藉を許してはならない。圭一郎は、和嵩の頬を叩いた。
弟に暴力を振るうのは、初めての経験だった。いつだって和嵩はいい子で可愛らしかった。年が離れていたから、殴り合いの喧嘩なんて、起こりようもなかった。
叩かれた頬を押さえて、和嵩は呆然とする。見知らぬ男の顔に見えて、圭一郎は内心の怯えを隠しながら、静かに自分の怒りを伝える。
「それは、恋人にしかしちゃいけないキスだ」
これから先、黒崎のためにとっておくべきだったキスだ。
ごめんなさいと謝る口とは裏腹に、彼の目には熱が燻っている。圭一郎の言いたいことは伝わっているのに、和嵩は受け入れていない。これ以上今は、何を言っても無駄だと判断して、弟を部屋から追い出した。
部屋を出ていく間際、和嵩は振り返った。泣きそうな目で、「ごめんね、兄ちゃん……嫌いにならないで」と言う。
嫌いになんて、なるわけない。
本心から思っているはずなのに、言えなかった。大事な気持ちは胸の奥にしまったまま、ベッドに寝転んだ圭一郎は、無意識のうちに唇に触れていた。
>21話
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