可愛い義弟には恋をさせよ(28)

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27話

「天野さん」

 シャツの裾をぐっと引かれて、圭一郎は彼女の横顔を見下ろす。視線を合わせようとしない彼女のこめかみを、汗がゆっくりと流れ落ちていった。

 ふと、圭一郎は、恋人のためにこんなに熱くなったことがあるだろうかと思った。

 いつだって、「一緒にいると楽しいから付き合おうよ」、そんな軽い調子で恋愛は始まった。

 終わるときに一度だって、「嫌だ、何が悪かったのか言ってくれ」と縋りつくことはなかった。

 来る者は拒まず、去る者は追わず。

 本当に私のこと好きなの? 

 尋ねられるのは毎回だった。その度に「好きだよ」と口先だけでごまかした。好きになるのは簡単で、冷めるのはもっと簡単。

 唯一、圭一郎の胸を熱くするのは。

 感情を、動かすのは。

「……もう気づいてると思いますけど、私、天野さんのこと……」

 顔を上げた津村の目は、潤んでいた。視線が絡む。告白をされているというのに、圭一郎の気持ちは一切昂らず、凪いでいる。真っ直ぐに自分に恋をする彼女は可愛らしくて、これまでの圭一郎ならば、ぐらっとなびいてしまうところだった。

「……ごめん」

 津村と二人で出かけても、ドキドキもしないしときめきもない。彼女だけではない。歴代の恋人とのデートですら、圭一郎はどこか冷めていた。相手のことを考えたデートプラン、なんて和嵩にはえらそうに言ったが、その実、自身は根本のところで、彼女たちのことを考えていなかった。

 付き合ったところで、圭一郎の感情を揺さぶる相手は和嵩以外におらず、絶対に津村を傷つける。

「俺、いっぱい津村に世話になったのに、想いを返すことはできない。本当に、ごめん!」

 仕事に関わる謝罪のときよりも、圭一郎は丁寧に言葉を選んだ。彼女の許しを得るまで、四十五度の最敬礼を崩さない。

 頭上から鼻を啜る音が聞こえても、圭一郎は黙って頭を下げ続けた。

「も、いいです……顔、上げてください」

 ゆっくりと顔を上げると、津村は笑っていた。目元を擦ったせいで落ちたメイクを、ハンカチで隠している。

「天野さんが、好きな人と、うまく、いきますように」

 そう言って彼女は、圭一郎に背を向けた。

「……え?」

 好きな、人?

 圭一郎はしばらくの間、その場から動くことができなかった。

29話

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