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<17話
哲宏はすぐに、凜莉花の様子を見に行った。私も行くと立ち上がりかけたが、「やめとけ」と制止されて、座り直した。
ちゃんと謝罪できていないから、と言い募ったが、彼は首を横に振る。
「あいつはこじらせてるだけだから。それより、こっちの二人のこと頼む」
こじらせている? 何を?
哲宏は凜莉花のことを理解している顔で、彼女の部屋に向かった。頻繁に遊びにくる幼馴染みなので、家のどこに何があるかも把握している。
哲宏の言葉通り、凜莉花のことは任せよう。昔から、私は妹とは相性がよくないのだ。世話をしてやろうと思って近づいても、頑なに私を拒むような子なのだ。
私は綾斗がゲームに興じるのを見ながら、風子のことを横目で窺った。
休憩時間、風子は片時もスマホを離さなかった。女子高生の日常風景としてはごく当たり前だけど、長年彼女のことを知っているからこそ、違和感がある。
風子はゲームをしない。SNSもやっていない。動画を見るくらいのことはするが、それ以上に、外に出てあちこちを冒険する方が好きだ。
観察していると、ただ画面を眺めているだけじゃない。にこにこというか、ニヤニヤしながらポチポチと何やら文章を打ち込んでいる。終わって少し経ったかと思うと、またポチポチ。
どうやら、トークアプリでやりとりをしている様子だ。長々と連続でメッセージを送り合う相手が、風子にいるなんて知らなかった。祖父母とは電話しかしない。私とはアプリ経由でやりとりをするが、今は目の前にいる。
クラスメイトだろうか。何人か心当たりのある顔を思い浮かべる。彼女たちの名前を知らないから、薄ぼんやりとだけど。でも、ただの友達と連絡を取り合うだけで、こんなに嬉しそうにするものだろうか。
白くて丸い、風子の頬がじんわりと赤くなっている。嬉しそうに、照れているように。
まるで、恋愛ドラマのヒロインのように。
気づいてしまうと、胸の奥が、ずん、と重くなる。いいや、私の勘違いかも。何気ないフリをして、聞いてみる。
「フーコ。さっきから誰とLINEしてんの?」
「んー」
うふふふ、というはにかみ笑いが薄ら寒かった。
「ののちゃんには言ってなかったんだけどねえ、あたし、崇也センパイとID交換したんだ」
明らかに男の名前。脳裏に浮かぶのは、あの金髪で目つきの悪い男。その名を知った今、前よりも正確に像を結ぶ。
いつの間に。どんなメッセージを送り合っているんだ。最低。キモイ。
頭を巡るのは、思考というにはとりとめがなさ過ぎる、負の感情だった。
風子の「スタンプ、初めて買ったの!」やら「センパイ、あたしの話すごくちゃんと聞いてくれるんだあ」などという惚気混じりの報告が、さらに追い打ちをかける。
ダメ。あんな男に風子を渡したら、今以上に不幸になる。
しばらくスマホを弄っていた風子だったが、「おトイレ借りるね」と、リビングを出て行った。崇也の連絡先の入った端末は、テーブルに置いたまま。
すばやく綾斗に視線を走らせる。ゲームに夢中になっている。邪魔な人間はいない。私はそっと、風子のスマートフォンに手を伸ばした。
「何してんの」
冷ややかな声。水を打った、とはまさしく哲宏の声ではないだろうか。振り返ると、眼鏡の奥の目は笑っていなかった。
ごまかせないとなれば、開き直るしかない。私は肩を竦めた。
「何って……風子をダメにする奴の連絡先を消すだけよ。あの子のためだもん」
IDをブロックしてしまえば、これ以上、あの男と親しくなることはない。一方的に絶交してきた女を許すほど、懐が広いとは思えなかった。
私は風子のためを繰り返して、哲宏の理解を得ようと努力した。
工業高校の馬鹿な男に騙されそうになっていること、風子は天然だからまるごと信じてしまっていること、だから私が助け出さなければならないということ……。
「それ全部、お前の妄想だよな」
私の親切心は、ばっさりと一言で切り捨てられた。
「実際その通りだったらどうするのよ」
「そのときはそのときで、助けてやればいいだろ。何事も先回りするのはよくない」
姉とお隣のお兄ちゃんの険悪な雰囲気に、ようやく綾斗も気づいたようで、きょろきょろと不安そうに視線をさまよわせている。何か言葉をかけてやりたいが、今は哲宏との睨み合いを制することが先だ。
「天木が不幸だとすれば」
溜息のあとで、大きく息を吸い込んだ哲宏が言いかけたところで、「ただいま」と、風子が戻ってきてしまった。
毒気が抜けるような声で、「めちゃくちゃいっぱい出た~。ごめんね、ののちゃん。人の家で」と、トイレの話をする。
綾斗は小学生男子らしく目を輝かせて、「うんこ? フーコ姉ちゃん、うんこ?」と、直接的な言葉で風子に話しかけている。
「そうなのよ、綾くん。家だとなかなか出ないんだよねえ。不思議だよねえ」
言いながら、風子がスマホを回収してしまったので、連絡先を消すチャンスは、失われてしまった。
私たちのぎくしゃくした空気を感じ取っているのかいないのか、風子は「うーん」と、背伸びをした。
「それじゃあ、嫌だけど宿題再開しよっか。嫌だけど!」
嫌、を強調して提案してきた風子に、これ以上揉めているわけにもいかない。哲宏が頷いたので、私も綾斗にゲームをセーブしてやめるように言った。
>19話
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