ごえんのお返しでございます【37】

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ごえんのお返しでございます

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<<4話のはじめから

【36】

 我が高校の文化祭は、九月が始まってすぐ開催される。始業式が一日、文化祭はその週の土日。したがって、夏休みも返上して準備をしなければならないという、少々面倒な学校であった。

 もちろん、強制ではない。ないが、出席しないと当日の係を押しつけられる可能性がある。昼時や朝イチとか、みんななるべく避けたい時間帯に突っ込まれても、文句を言えなくなる。

 気軽にやり取りのできる友達がいない僕は、終業式にもらったプリントの束をひっくり返して、ようやく出校日について理解した。八月に入り、すでに三日出校日がもうけられていたが、スルーして大丈夫だったろうか。

 うちのクラスは文化祭で、お化け屋敷をする。教室という限られた空間を最大限に活かすための相談は済んでいて、段ボールや発泡スチロールで通路を工夫する。生徒会から借りられる暗幕の数には限りがあって、どう工面するかを会議したりしている。

 僕は特にすることもなく、人が足りていないところに、ぬらりひょんのように「最初からいましたよ」という顔でもぐりこんだ。

 雑用はいくらでもあって、猫の手も借りたいとは、まさしくこのこと。同級生たちは、クラスで微妙な扱いを受けていた僕のことを、なんとなく受け入れていた。

「なあ遠藤。こっちの作業、手伝ってくれね?」

 僕のことを直接敵視していたのは、実のところたったのふたり。言わずもがな、渡瀬と青山である。他の連中は、彼らに載せられたり、目をつけられたくなくて愛想笑いで追従していただけだった。

「渡瀬。君、目が悪くなったのか? 今、遠藤はこっちで一緒に作業をしているだろう。それに、君のように適当な指示しかできない人間と一緒だと、遠藤が苦労して、かわいそうだ」

 だから、こうやって仲間割れをしているのを目の当たりにして、僕のことなんて、みんなの頭から吹き飛んでしまった。

 美希がいたときには、彼らは仲がよかった。美希の寵愛を取り合っているようで、調和が取れていた。レクリエーションみたいな感じだった。

 ふたりが言い寄って、美希が軽くあしらう。遠藤は困った微笑を浮かべ、見守っていた。ひとりが欠けただけで、こんな地獄みたいになるなんて。

 今や遠藤は、本気で困惑し、ふたりに挟まれて泣きそうになっている。もともとおとなしい子だし、美希が死んでしまってから、塞ぎ込んでしまって、さらに内向的になっている。

 おろおろするばかりの彼女に、僕は声をかけることができなかった。僕が入っていけば、まず間違いなく、彼らは突っかかってくる。遠藤はかわいそうだが、僕は僕の身が可愛い。巻き込まれるのはごめんだった。

 ごめん、と内心で謝りつつ、周囲の様子を観察すると、反応がふたつということに気がついた。

 ほとんどの人間は、僕を遠巻きにしていたのと同じように、三人から距離を置いている。触らぬ神に祟りなしは、教室の共通認識であり、処世術だ。相手が誰であろうと、変わらない。

 問題は、一部の女子たちの遠藤に向ける視線が、同情ではなく、冷たいものであることだ。憎しみがこもっていると言ってもいい。

 忘れがちだが、青山も渡瀬も、タイプの違うイケメンだった。女子からの人気は当然高い。

 彼らの僕への八つ当たりを助長し、なんなら便乗して直接、言葉や態度で冷たくあたったのもこの層の女子たちが多かった。

 要するに、青山・渡瀬両名の気を、どうにか引きたいという連中である。美希ほどの圧倒的な美少女に対しては、悔しい気持ちを隠して、表向きはちやほやしていた。

 だが、美希がいなくなったと思ったら、遠藤だ。ブスではない。なんなら実は、清楚でかわいらしい子だということを、先日の一件で僕は知っているから、ふたりが遠藤狙いに切り替えたのも、無理はないと思う。

 大輪の薔薇を見慣れていた男たちは、その隣でひっそり可憐に咲いていたかすみ草の魅力に、いまさら気づいたという話。

 あとは、クラスの雰囲気だ。鈍感な僕も、恋愛関係でいろいろゴタゴタを経験したし、糸屋での経験もあってか、クラスの内外で、何組かカップルが成立していたことに気がついた。

 文化祭準備という面倒極まりないことであっても、彼女が隣で一緒に作業をしているだけで、デレデレと締まりのない顔をしている男たち。

 彼らを見て、美希に夢中になっていた自分たちが、一歩遅れを取ったことを悟ったのだろう。どちらも、自分が最上位カーストにいないと、気に入らない性分だ。

 自分よりイケていない連中に彼女がいて、自分にはいない事実が、許せない。

 ああ、そうか。だからか。

 遠藤に舌打ちをしてわざとぶつかる女子。彼女なら、少し口説けば喜んで腕にしがみついてくるだろうに、ふたりがそうしないのは、自分の価値を高めるためだ。

 美希にずっとひっついていたのに、いなくなって全然違う女に目移りするのは不実だ。それよりも、彼女の親友だった遠藤が心折れているのを支え、結果として結ばれる美談の方が、男としての株が上がる。

 ただし、遠藤はひとりだけ。美希と違い、ふたりの男を手玉に取れるような女じゃない。

 彼女を手に入れなければならないという脅迫観念は、僕にとっては、この数ヶ月で何度も見てきた、嫌な執着心によく似ていた。

 気づけば僕は、青山たちが揉めているところに突撃していた。見捨てる気満々だったけれど、また、赤い糸が大きな事件の元凶になったとしたら、後悔する。

 考えなしだったので、睨まれて普通に怯んだ。

「あー、えっと。そう、遠藤さん。さっき先生が探してた、よ……?」

 もっと上手に嘘をつければよかったのに。

 遠藤は、少し怪訝な顔をしてから、ハッとした。一度彼女を救っているので、ピンと来てくれた。

「う、うん。ありがとう。じゃあ、また後でね、青山くん、渡瀬くん」

 表面上は和やかに「おう」「ああ」と応じた彼らは、遠藤が教室から出ていくと、僕に詰め寄った。

 こうなることは予想がついていたから、近づきたくなかったのに。

 でも僕は、自分が傷つくことよりも、彼らの買った糸が、執着によって思いもよらない事件が勃発することの方が、恐ろしかったのだ。

【38】

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