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<3-2話
――五十嵐って佐川先輩と仲いいんだな。
軽く言ってしまえばいいのに言えないまま、六月になってしまった。飽きもせずに毎日雨が降っている。
千尋とは学部が違うので、キャンパス内で会うことはなかなかない。だが佐川は同じ経済学部なので、しょっちゅう見かける。その度にこっそり物陰に隠れて佐川を窺って、千尋と一緒にいないことを確認する癖がついてしまっている。
はぁ、と溜息をつくと頭の上にぽつり、と雨。今日は梅雨の晴れ間だと天気予報が言っていたのに、結局降るのかよ、と更に暗澹たる気持ちになる。折り畳み傘を探して鞄を漁るが、出てこない。ついてないにもほどがある。
靖男は校舎の入口で雨宿りをしていたが、雨足は強くなるばかりだ。走って強行突破をしてもいいのだが、経済学部の校舎は校門から離れていて、そこまでたどり着く間に電車に乗るのがためらわれるほど濡れるだろう。
そうだ、と思いついてスマートフォンを取り出す。千尋の写真はもうここには入れていない。家のパソコンのみで管理している。千尋には言っていないけれど。
電話をすると、千尋は「どうしたの」と柔らかな声で言う。脅迫されることにも慣れたのか、千尋は普段通りだ。その声が自分ひとりだけに向けられているのを実感して、なんだか安心した。
「急に雨降ってきて……」
『え? 雨? うわ、ほんとだ』
靖男と違って勉強熱心な千尋は雨が降ってきたことに気がついていなかった。
「五十嵐、傘持ってる?」
『持ってないけど……ちょっと待って。えっと、あと二十分でここ出られるから、俺んち行こう。神崎んち、遠いだろ? 俺んちなら電車乗ってる時間も短いし、駅から走ればすぐだし』
風呂とタオルくらい貸すから、との千尋の提案に靖男は乗った。ついでだから夕飯も頼むわ、と言うと電話の向こうで一瞬千尋は押し黙って、それからくつくつと笑いだした。
『残り物でよければどうぞ』
――なぁ、佐川先輩も、お前の家に上がり込んでお前の手料理食べたことあんの?
顔が見えない分、今なら聞けるのではないかと思ったが、結局靖男は何も言えないままに、通話を切った。
>4-2話
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